大川原化工機事件の教訓 「特殊ケース」ではない冤罪 “暴走”捜査にブレーキ不可欠
東住吉事件では、容疑者とされた母親の自白通りにガレージに火を付ける再現実験を行った結果、犯人自身が大やけどを負うことが判明し、「保険金目的で殺害した」という自白の信用性が否定されて再審に至った。クレディ・スイス事件では元社員は確かに自社株で利益を得ていたが、源泉徴収されると思っており脱税の意図はなかったという主張が認められ、1・2審とも無罪となった(東京高検が上告を断念し、確定)。「起訴状で容疑とされた事実に対する法的評価を誤った結果生まれる冤罪」という特徴は、3件に共通する。 今回の捜査に当たった警視庁公安部とは、歴史的には戦前の特別高等警察(特高)の流れをくむ。思想犯を取り締まる目的で作られた組織で、戦前は共産主義者や無政府主義者を監視・内偵していた。特高の歴史の中で、今回の事件との類似性を思い出させるのが「宮澤・レーン事件」である。 これは、太平洋戦争開戦当日の1941年12月8日、特高が諜報(ちょうほう)活動などの容疑で全国一斉検挙を行った際、北海道帝国大学工学部の学生だった宮澤弘幸氏と同大学のアメリカ人英語教師ハロルド・レーン氏、妻ポーリン氏の3人が当時の軍機保護法違反容疑で起訴された事件である。宮澤氏がレーン夫妻に軍事上の秘密を漏らし、レーン夫妻がアメリカ大使館関係者に伝えたという容疑だった。 ■誰でも知る「軍事秘密」も 軍事秘密とされたのは、旅行好きの宮澤氏が北海道や樺太(サハリン)地方で得た知見などだった。根室にあった海軍飛行場の存在がその例だ。ところが、この飛行場は鉄道線路に面し、地元はおろか列車の利用者なら誰でも知ることができた。当時売られていた絵はがきにも明記されていたという。 それにもかかわらず、宮澤氏に対する裁判記録によれば、その存在が軍機保護法上の「軍事上秘密」に該当するとされた。弁護人は今の最高裁に当たる大審院まで争って軍事秘密に該当しないと反論したが無駄だった。