北米縦断4000キロの過酷な旅、命懸けで初めての渡りに挑むアメリカシロヅルの幼鳥を追った
地球上で見られる15種のツルのなかでは最も数が少なく、絶滅の危機に
毎年秋、野生のアメリカシロヅルはカナダの北極圏近くの北方針葉樹林から、テキサス州のメキシコ湾岸までの過酷な空の旅に出発し、半年後に戻ってくる。片道4000キロ近くもある北米縦断だ。 ギャラリー:アメリカシロヅル、大きな翼で遠くの空を目指して 鳥の渡りは自然界の大きな謎の一つ。だが、技術が進歩して、発信器を付けた動物を衛星で追跡し、長期にわたって観察できるようになったことで、ツルを研究する生物学者は、渡りに関する謎の一部を解き明かしつつある。 最初に近況が届いたのは、2022年10月中旬のこと。「J」の文字の足環を付けられたアメリカシロヅルの幼鳥「15J」は、携帯電話が圏外になる広大なカナダのウッド・バッファロー国立公園を飛び出し、南へ飛んでいた。気温が低下し、強い北西の風が吹き始めたために出発したのだろう。15Jと両親は、翌日の晩、800キロ以上離れたサスカチワン州に到着した。 11月3日、15Jと両親は国境を越えて米国ノースダコタ州に入ると、南下を開始した。3日後、500キロ離れたサウスダコタ州で、携帯の基地局が15Jの発信器からの信号を受信。11月14日、さらに500キロ近く南下してネブラスカ州に到達し、プラット川沿いで一夜を過ごした。ツルたちは砂州をねぐらにし、入り組んだ支流や農地、湿った草地で食べ物を捕るのだ。 11月15日、15Jの発信器がオクラホマ州の携帯電話の基地局とつながった。同州では、米国最大級の風力発電所が稼働し始めたところだった。翌日、15Jはさらに420キロ南下し、テキサス州フォートワース近郊に到着した。 その後、11月末までに送信が途絶えた。米国地質調査所の生物学者デイブ・ブラントは、15Jがアランサス国立野生生物保護区に入ったために、携帯電話の基地局の圏外になったのではないかと言った。もしそれが本当なら、15Jの初めての秋の渡りは成功したということだ。約1カ月で4000キロ以上を旅して、テキサス州のメキシコ湾岸で冬を過ごせるのだから。 15Jのような幼鳥のうち、繁殖年齢の4~5歳まで生き延びるのはわずか3分の1ほど。残りはボブキャットやコヨーテのような捕食動物に殺されたり、渡りの途中で疲労や飢えによって命を落としたりする。また、汚染された湿地や密猟、毎年何百万羽もの鳥を死なせている送電線など、人間がもたらす脅威にも直面する。 科学者の推計によれば、2世紀以上前には、北米大陸に約1万羽のアメリカシロヅルが生息していた。しかし1900年代に入ると、狩猟者は食用や娯楽目的、あるいは婦人帽子用に羽根を供給するためにツルを殺した。生息地も失われていき、1941年には渡りをするアメリカシロヅルはわずか16羽を残すのみとなった。地球上で見られる15種のツルのなかでは最も数が少なく、絶滅の危機に瀕している。 過去70年にわたる草の根の保護活動や法的な保護、生息地の保全、飼育下での繁殖、調査研究など、さまざまな対策が功を奏してアメリカシロヅルの個体数はゆっくりと回復し、今では800羽を超える。だが、ツルの専門家の多くは、この鳥を絶滅危惧種のリストから外すのは時期尚早だと語る。 ※ナショナル ジオグラフィック日本版4月号特集「アメリカシロヅル、大きな翼で遠くの空を目指して」より抜粋。
文=レネ・エバーソール(ジャーナリスト)