「立つ、歩く、しゃべるは当たり前じゃない」“ジブリ歌手”を襲った病魔、闘病生活を告白
意識を取り戻しはしたものの、左半身は麻痺し、1人では食事はおろか排泄もままならない。言葉を発するのも難しい状態だったが、それでも考えるのはまず歌のこと。 「入院中はずっと自分の曲を聴いていました。40周年コンサートが終わったら、地方や海外でのコンサートが決まっていたので、自分の中であれこれビジョンを描いていたんですけれど……。病院で“トトロを歌ってらっしゃるんですよね”と言われることがあって、それがいちばんつらかったですね」
絶対にもう1回ステージに立とうと
2週間の入院を経て、リハビリ施設へ転院。まずは、立つ、座る、歩く、話すといった、基本的な動きのトレーニングからのスタートだ。 「なんでみんな立てるんだろう、しゃべるのってこんなに大変なんだって思いました。赤ちゃんのころから自然とやってきたことだけど、できることが当たり前じゃないんですよね。リハビリをしていると、隣のおばあさんからよく“もどかしいでしょう”って言われましたけど、“そんなことないですよ”って答えるようにしてました。“そうですね”って言うと気力がなくなってしまいそうだから。なるべく楽観的でいよう、楽しいことを考えるようにしようと思って」 同時に発声の練習もスタート。ここでも娘が活躍した。 「娘は小学生のころから12年間ずっとボイストレーニングに通っていて、今回のリハビリでは私の“先生”になってくれて。こんな難しいことをやってたんだって改めて気づかされましたね。また娘がめちゃくちゃ厳しくて。かなりのスパルタです(笑)」 声を出すのも難しい状態から、ステージに立ちプロとして人前で歌を歌えるまでに戻す─。彼女の場合、人並み以上に目指すハードルは高い。 「1年前にレコーディングをしたアルバムがすごくいい出来で、聴くたび自分でもなんてうまいんだろうって思っちゃう(笑)。でもいざ歌ってみるとできないし、よくこれを歌えてたなと思って。励みにもなれば、またここまでできるのだろうかという失望の繰り返しです。ただ、絶対にもう1回ステージに立とうという思いだけがありました」 リハビリ病院で5か月間過ごし、退院後は自宅で引き続きリハビリに励んだ。ステージ復帰第1弾は今年6月。地元・金沢で開かれた歌の恩師の発表会に娘と参加し、トトロの主題歌『さんぽ』と『となりのトトロ』を披露している。 「音を外してもいいからとりあえず大きい声で元気に歌おうと思っていました。その日はリハーサルができずにぶっつけ本番だったんですけど、思ったより大きい声が出て。娘がびっくりして、“ママ、できるじゃん”って泣きそうになっていましたね。練習しているときはあまりにも下手だったので“ママは復帰できないんだ”と思っていたそうです。もう歌の仕事はできないんだ、そうしたら大学の学費も払えなくなっちゃうって、がっくりきていたみたい(笑)」 現在は本格復帰となる11月のステージに向け、プールでのウォーキングとデイケアに通い、リハビリを続けている。 「水中で手を放して歩きバランスを取る練習をしていて、だいぶ体幹が取り戻せました。やっぱり体幹がきちんとしないと歌も歌えないので。デイサービスではおじいちゃん、おばあちゃんと一緒に発声をして、お腹から腹筋を使って声を出す練習をしています」 ステージには侑夕と共に出演。アニソン仲間をゲストに招き、総合司会を務める。 「今回は『となりのトトロ』と『さんぽ』の2曲を歌います。本当は40周年コンサートで予定していた演目をやりたいところだけれど、まだそこまではできないので。こういう身体になって思ったのが、頑張りすぎなくてもいいんだ、ということ。 今まで普通にできていたことができないって、つらくなるんですよ。だから今回はみんなで楽しくコンサートができればいいなと思っていて。たくさんの方にご迷惑とご心配をかけてしまったので、まずはこのコンサートで元気な姿を見てもらいたい。そこで少しでもお返ししなきゃって思っています」 11月16日、川崎市の洗足学園前田ホールで『アニソン文化祭2024』を開催。ここでの歌唱を井上は楽しみにしている。 取材・文/小野寺悦子