「立つ、歩く、しゃべるは当たり前じゃない」“ジブリ歌手”を襲った病魔、闘病生活を告白
『君をのせて』『さんぽ』など、ジブリ作品を代表する主題歌の歌唱で知られる井上。そんな彼女から歌うことを奪った脳出血から1年―、かつての透明感あふれる歌声を取り戻すために闘ってきた思いを、今、語る。 【写真】『ポケモン』主題歌を歌ったレジェンド歌手も出演する『アニソン文化祭2024』
助かったのは娘のおかげ
「まだ完璧とはいえなくて、左手は全然動かない状態です。ただ、SNSなどで心配してくださる声がたくさん届いているので、ちょっと元気な姿を見せられたらと思って─」 そう話すのは、『となりのトトロ』や『天空の城ラピュタ』の楽曲で知られる歌手の井上あずみ(59)。昨年、脳出血で倒れ活動を休止していたが、この秋開催される『アニソン文化祭2024』で本格ステージ復帰を果たす。 脳出血を発症したのは1年前の8月、なかのZEROホールで開催予定だった『井上あずみ40周年記念コンサート』のリハーサルのときのこと。ラストソング『天空の城ラピュタ』の挿入歌『君をのせて』の歌唱中、突如異変が起こる。 「歌の最後に高い声を出そうと思ったら出せず、ファルセットにして歌ったんです。緊張でドキドキしすぎて過呼吸になったりすることがたまにあったので、またそれかなと思ったんですけど。そこから猛烈に頭が痛くなってきて」 彼女の異変にいち早く気づいたのが、娘で歌手の今尾侑夕。親子共演も多く、当日も舞台上で寄り添っていた。 「ワンコーラス終わった後にMCがあったんですけど、そこでうまくしゃべれなかったみたい。娘に“ママ、変だよ! ろれつ回ってないよ!”と言われたんです。私もあれ、おかしいな、疲れているのかなと思っていたんですけど。そのときのマイクがかなり高価なものだったので、壊したらまずいと、とりあえず舞台にそっと置きました(笑)。意識が薄れつつ、娘に“私の代わりにコンサートやって”と言ったのまでは覚えています」 そのまま舞台上に倒れ込み、意識を失ってしまう。顔の左半分がだらりと垂れ下がり、脳の疾患というのは明らかだった。病状は深刻だ。願いは叶わず、コンサートは急きょ中止に。開演30分前だった。 しかし救急車を呼ぼうにも、なかなか電話がつながらない。昨年も猛暑続きで、8月といえばまだまだ熱中症の盛んな時季。慌てふためくスタッフのなかで、ひとり冷静だったのが娘の侑夕だ。その場にいた30人のスタッフに「全員電話して!」と指示を出し、ようやく1人が「つながりました!」と、救急車の確保に至る。 「娘は、何時何分に倒れ、何時何分に嘔吐があって、と病状を逐一メモしていたそうです。救急車の人に“医療関係の方ですか?”と聞かれたくらい(笑)。後でそれを聞いてびっくりしました。助かったのは娘のおかげだと思います」 都内の病院へ救急搬送され、脳出血と診断された。脳出血の主な原因とされるのが、高血圧と過度な飲酒。彼女自身もともと血圧200mmHgの高血圧で、加えて酒豪と脳出血予備軍でもあった。 「普段は血圧のお薬を飲んでいたんですけど、その日は飲まなきゃと思いながら時間がないし、もう行かなきゃと飲まずにいたんです。机の上に置いたままにしていたのを鮮明に覚えていて。やはり何か引っかかっていたんでしょうね」 脳に7cmほどの血だまりが見つかり、その日のうちに緊急手術を行っている。2時間に及ぶ手術は無事成功。目覚めたのは3日後で、当時の記憶をこう話す。 「日差しがいっぱい差し込んでいて、あれ、沖縄にいるのかなと思いました。先生に“この子は歌を歌うために生まれてきた子なんです。絶対に歌を歌えるように治してあげてください!”と誰かが言っているのが聞こえてきて。後から考えると、歌手の同期の友達の言葉だったと思います。私としては、コンサートがどうなったのかということだけが気になっていましたね」