「愛ちゃん2世と呼ばれて」平野美宇の葛藤を感じた母の誓い「五輪は目指しません」と言おうとしたら意外な展開に
■「愛ちゃん2世」と呼ばれ母娘で悩むように ── 卓球教室での美宇選手の様子はいかがでしたか? 真理子さん:夢中で卓球に取り組み、2時間くらい集中して練習していました。何事もできるようになるまであきらめないし、絶対にやめないんです。この粘り強さは美宇の最大の強みだと思います。あっという間にルールを覚え、サーブも出せるようになったので、3歳の終わりころに大会へ出場もしました。着々と実力をつけ、5歳のときには小さな大会で優勝するようになったんです。そのころからマスコミにも注目され始め、「愛ちゃん2世」と言われるようになりました。
── 真理子さんも期待していたのではないでしょうか? 真理子さん:いいえ。むしろ「これでいいんだろうか」と、ずっと悩んでいました。美宇にとって、卓球は大好きでかけがえのないもの。最高の自己表現の場でした。でも、本人の気持ちに関係なく「愛ちゃん2世」といった作られた巨像によってこの子が傷ついたりすることがあるのではないか?大切な卓球を辞めることになりかねないのでは?と心配していました。ふだんの美宇はキティちゃんが大好きな穏やかな女の子。卓球に取り組んでいるときの気迫あふれる姿とはギャップがあったんです。
本人もまた「愛ちゃん2世」と言われることにとまどいがあったようです。福原愛選手は憧れの存在で大好きだけど、いつも「愛ちゃんについてどう思う?」と聞かれるんです。街を歩いていても「愛ちゃん、頑張って」と声をかけられます。応援されるのはとてもうれしい一方で、本人は「どうして美宇自身のことを聞いてくれないの?」と、言うときもありました。
■メディアの前で「夢はオリンピックでの金メダル」 ── 注目され、悩んでいたとのことですが、転機となったできごとはありますか?
真理子さん:ふたつあります。ある大会後のインタビューで「愛ちゃん2世って言われるのはどう?うれしい?」と聞かれたんです。そのときに美宇はムッとした顔をして「美宇はみう!」と言いました。その言葉を聞き、はっとしたんです。「周囲から何を言われようが、美宇らしさを大切にするべきだ」と思いました。 そこで、美宇が注目され始めた5歳ころから、ひとつの作戦を立てました。全日本卓球選手権大会で優勝すれば、「愛ちゃん2世」への周囲の期待には応えたことになり、かつ、「勝ちたい」美宇の思いにも応えられます。そのうえで、今後はすべての取材を断ることをメディアの方に伝えようと思ったんです。メディアに取り上げられなければ、美宇は自分のペースで卓球に向き合えるはず。われながら、なんていい作戦だろうと考えていました。