“男性特有の匂いが嫌い”や“おじさん詰め合わせ”は「差別発言」指摘も…男性への「ヘイトスピーチ」とはいえない明確な理由
言葉の定義には「理由」と「目的」がある
『差別の哲学入門』(池田喬との共著、アルパカ、2021年)などの著作があり、ヘイトスピーチの問題にも詳しい倫理学者の堀田義太郎准教授(東京理科大学)がまず指摘するのは、「言葉の定義には常に『理由』があり、理由の中核には『目的』がある」という点だ。 ある定義が適切かどうかは、その定義を採用する理由と目的の内容、そして定義と目的が適合しているか否かで評価される。これは「○○関数」など理系分野の専門用語にも当てはまり、「言葉の定義」について一般的に言えることだ。 さらに、ヘイトスピーチのように社会的な課題に関係する言葉の場合、「理由」や「目的」には社会的な意義も含まれるという。 例を挙げると、ヘイトスピーチ事件に長く携わってきた師岡康子弁護士は以下のように定義している。 「ヘイト・スピーチとは、広義では、人種、民族、国籍、性などの属性を有するマイノリティの集団もしくは個人に対し、その属性を理由とする差別的表現であり、その中核にある本質的な部分は、マイノリティに対する『差別、敵意又は暴力の煽動』(自由権規約二十条)、『差別のあらゆる煽動』(人種差別撤廃条約四条本文)であり、表現による暴力、攻撃、迫害である」(『ヘイト・スピーチとは何か』岩波書店、2013年、48頁) 日本でヘイトスピーチが深刻な社会問題になったのは、在日朝鮮人に対する公共空間での攻撃や脅迫が急増した2000年代からだ。一部の人々が在日朝鮮人差別に対するカウンター活動を展開したことで、メディアや学者らもヘイトスピーチの問題を取り上げるようになり、行政が対応するに至った。 また、アメリカでは「社会的マイノリティ集団に対する差別を助長し煽動する、侮蔑的で攻撃的な表現」を批判する目的のため、1980年代以降に「ヘイトスピーチ」という言葉が使われるようになったという。背景には、アフリカ系アメリカ人や女性・性的マイノリティに対する差別事件が増え、対応の必要が生じたという経緯がある。 「つまり、『ヘイトスピーチ』という言葉には、社会的マイノリティ集団に対する既存の差別を背景としてそれを肯定し、差別や暴力そして殺害をも煽動する表現を、他の表現から区別して批判するという『目的』があります。差別などを煽動する表現には、その他の表現とは異なる深刻で甚大な害悪と不当性があるためです。 この目的は、2016年に制定された、いわゆる『ヘイトスピーチ解消法』(『本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律』)の第二条にも示されています。 他にも様々な論者や国際機関などが、『ヘイトスピーチ』の定義を提案しています。その中からどの定義を典拠として選択し、重視するかということ自体に、そもそも現状をどのように認識しているか、また社会的な課題として何が重要だと考えているのかが反映されているのです。 師岡弁護士をはじめとして、私自身も含め多くの人たちが重視するのは人種差別撤廃条約四条です。同条項には、差別煽動の特段の不当性と、対応の緊急性・重大性についての的確な認識が反映されています」(堀田准教授)