「ないなら自分たちでつくっちゃえ!」: 不登校30万人時代 当事者たちがつくる“学びの場”
親子を救った「苦手なら無理に行かなくていい」
同じ時期、違う学校に通う川合華暖さん(9)も苦しい時を過ごしていた。「娘さんは1日に10回もトイレに行き授業になりません」。1年生の1学期半ば、母親の真実さん(52)は担任からそう告げられた。2学期には教室に近づくと過呼吸のような状態になり、廊下に机を出して授業を受けるように。それも難しくなると少し離れた空き教室で母と一緒にプリント教材を解いた。新型コロナウイルスの感染が広がり、空き教室も使えなくなると、母子で居場所を求めて校舎内をさまよい、最後は校庭で時間をつぶした。 「当時は『学校に行かなければ』の一心だった。他の子どもたちが授業を受けている時、校庭には私たち親子だけ。みじめな気持ちでした」(真実さん)。華暖さんの状態は次第に悪化し、夜眠れなくなり、最後は足に力が入らず立てなくなった。原因を探していくつも病院を受診し、4カ所目の病院で小児科の心理士から、「学校が苦手なら無理に行かなくていい。娘さんに合った生き方をさせてあげて」と言われて、初めて救われた気持ちになったという。 幼稚園の時の華暖さんは、体操が得意な活発な子だった。ある平日の昼間、2人で公園で遊んでいると華暖さんが言った。「ママ、学校に行けなくてごめんね」。真実さんは「あなたが元気でいるだけでうれしいよ」と返しながら、どうすれば娘が元気を取り戻せるかと途方にくれた。 そんな親子たちが、小学校低学年を受け入れる数少ない都内のフリースペースで出会い、思いを共有するようになった。学校に行けなくても勉強はしたい、体を動かし友だちと遊びたい。学校の外に活動を通じた学びの場がないものか──。教育支援に取り組む渋谷区議の神薗麻智子さん(44)に相談すると、「行政による解決は時間がかかるし限界もある。サポートするので自分たちで居場所を作ってみては?」と提案された。
「夢の運動会」で1周年を祝う
「そうか、ないなら作っちゃえばいいんだ」。目からウロコだった。「集まって遊ぶだけでもいい。親たちも孤独から解放される」。まず3組で不登校のきっかけになりがちな月曜日に集まろうと決めた。中原さんは「凸凹ママ」のアカウントでTwitter(現在はX)にこう投稿した。 「学校に行きたいけど行けない子。勉強したいけど、LDや様々な要因があり学校での勉強方法が合わない子...(中略)…学びの場をつくりたいと思っています!」 「毎週月曜日10時から17時までの間、楽しく優しくおもしろく勉強を伝えてくれる方、見守ってくださる方、午後から一緒に遊んでくれる方、ボランティアの方募集しております」 数日後、特別支援学校の非常勤講師、近藤美和さん(50)から「お手伝いします」とメッセージが届いた。もとは中高一貫校の英語教諭で、情報通信技術を学習に活用するICT教育に興味を持って転身した人だ。無料のデザインツールCanvaを使う教育者グループに入っており、Canvaを使った創作が活動に加わった。子どもたちはすぐに技術を覚え、KくんはTwitterを通じて名刺の作成を人から頼まれるまでになった。 発足から1年。2月25日には「夢の運動会」を渋谷区立原宿外苑中学校の体育館で開く。きっかけは「楽しい運動会に参加してみたい!」という子どもたちの声だ。パン食い競争、恐竜の着ぐるみレースなどの種目は子どもたちで決めた。SNSや周囲への声かけでサポーターを募ると、高校生や学校の先生ら20人ほどが手を挙げた。東京都の助成も得て参加対象を「すべての子ども」に拡げ、60~80人の参加を見込む。 「声を上げたら想像以上にたくさんの人が不登校を理解し、応援してくれた」と中原さんは言う。昨年末には同じ悩みを抱える区内13家族で「親の会」をつくった。「学校に行くのがつらい子どもや保護者はどうか1人で悩まないで。ここには同じ痛みを共有する親子がいて、支えてくれる応援団がいる。学校に行かなくても多くを感じ、学び、自分の『好き』を見つけるきっかけがある」(中原さん)。 ただ、不登校の子どもたちが抱える困難はさまざまで、見知らぬ人とのコミュニケーションや大勢いる場所が苦手な子もいる。「その場合はオンラインや、その子を理解してくれる大人に個別につなぐ方法もある」と、「親の会」結成を手伝った渋谷区議の神薗さんは言う。前職で教育支援企業に勤め、20年近く教育分野に関わる神薗さんは、様々な親子の相談を聴くうち、学校の枠組みだけで解決するのは限界に近いと感じるようになったという。 神薗さんは、「子どもの特性に合わせて学びの場を選択できる環境を整える。そんな社会変革への要請を、子どもたちは不登校を通して伝えようとしているように思えてならない」と話す。