「長嶋茂雄引退試合」でひっそりと現役を退いた”もう一人の選手”の正体…川上監督が「お前もおつかれさん」と労った”稀代の満塁男”
長嶋茂雄引退試合の奇跡
この試合、球界のスターである長嶋最後の花道であるから、当然中日もフルメンバーで臨む予定だった。しかし、13日はあいにくの雨となり、試合は14日にスライド。この順延によって本来出場するはずではなかった広野が、長嶋の引退試合に出場することになるのだ。 「14日は中日が名古屋で優勝パレードをする予定だったのです。これは道路を封鎖したりするから、日程を動かせない。主力メンバーは、当然パレードに参加しなければならんのです。だから実は、長嶋さんの引退試合は主力メンバーや与那嶺監督は出ていないのです。僕は主力ではないから、パレードには出ない。だから、14日の試合に出場することができたわけ」 広野は14日ダブルヘッダーの第二試合目、長嶋茂雄最後の試合に五番・一塁でフル出場した。 「最後の打席は、なんとか長嶋さんのいる三塁に打ちたいと思って、捕手の吉田孝司に『外角の真っ直ぐを頼む』と言ったんですが、結果はセカンドゴロでした。ただ、途中でサードフライは打てたので、花は添えられたかなと。あと、長嶋さんの最後の打席は併殺打なんですが、そのボールは一塁の僕が受けました」 これが広野にとっても現役最後の試合であった。巨人に移籍した頃、長嶋は広野をたいそう可愛がったという。長嶋は六大学で対戦経験がある広野の長兄のことを覚えており、移籍当初「君が孜の弟か」と声をかけてくれたのがきっかけだ。 長嶋の妻・亜希子の弟が広野の慶應大野球部時代の3つ後輩という縁もあった。長嶋は遠征の際に広野を食事に誘うなど、2人は多くの時間をともにした仲だった。このように世話になった長嶋に向け、広野は試合前に電報を打っている。 「僕も長嶋さんと一緒に小さな引退試合をやらせてもらいます」 広野の心の整理がついた。 「我が巨人軍は永久に不滅です」 こう語る長嶋の背後に見えるスコアボードには、広野の名前も映し出されている。ミスターの影に隠れ、広野もひっそりと現役を退いたのだ。 長嶋最後の打席は、同じく勇退する川上監督が特別に一塁コーチャーズボックスに入っていた。巨人時代、広野に目をかけ、餞別までくれた川上は一塁を守る広野に対して、「お前もおつかれさん」と声をかけたのだった。 こうして稀代の満塁男は、通算689試合に出場し、440安打、78本塁打、打率2割3分9厘という成績を残し、9年の現役生活に幕を下ろしたのである。 後編記事『西岡剛のドラフト1位指名に尽力、新庄剛志獲得をめぐるトラブル…「ボビー・バレンタインの逆鱗に触れた男」が証言する「ロッテ編成部長時代のウラ事情」』に続く。
沼澤 典史(ノンフィクションライター)
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