イエメン、「幸福のアラビア」いつの日か(1) ~「忘れられた戦争」の実相を求めて~
報道される戦争、されない戦争
そもそもなぜ、私はイエメン取材にこだわるようになったのか。その原点は、海外ボランティアとして2015年1月から2017年1月までの2年間を過ごした中東のヨルダン時代にある。 当時、大家の家に遊びに行っては、砂糖がたっぷり入ったシャーイー(紅茶)をすすりながらテレビをぼんやりと眺めた。大家がチャンネルを合わせていたのは、カタールの衛星放送「アル・ジャジーラ」の報道番組。アフガニスタン、シリア、イラク、イエメン、ソマリア、南スーダンなど、世界中で起きている戦争に関するニュースがひっきりなしに流れていた。 パレスチナやイスラエル、シリア、イラク、サウジアラビア(以下、サウジ)と国境を接しているヨルダンには、何十万人ものシリア人が安全を求めて逃れてきて、難民キャンプや地域コミュニティの中で暮らしていた。ヨルダンにはシリア人支援団体も数多くあり、日本から支援活動や取材にやってくる人たちに会う機会も少なくなかった。彼らに話を聞くうちに、知らず知らずのうちにシリアに大きな関心を寄せるようになった。 当時すでに、イエメン戦争(一般的には「イエメン内戦」と言われることが多いが、単純に国内勢力同士が戦う「内戦」ではなく、周辺諸国が介入する代理戦争と化しているため、ここではあえて「戦争」という表現を使う)は激化の一途をたどっていて、「最悪レベル」の人道危機に直面していると言われていた。 しかし、同じ中東の国でありながら、ヨルダンでイエメンの戦争のことを話題にしている人に会うことはほとんどなかった。隣接するシリアからの難民が多いため、当然と言えば当然のことなのかもしれない。しかし、日本ならいざ知らず、ここでも国際的に注目されない戦争があることに、うまく説明できないが小さなとげのような違和感があった。 イエメンは、アラビア半島の南端に位置しており、北はサウジ、東はオマーンと接し、西と南は紅海とアデン湾に囲まれている。面積は日本の約1.5倍、人口は約3000万人。公用語はアラビア語で、国民のほとんどがイスラム教を信仰している。かつては、交易の要衝として栄え「幸福のアラビア」と呼ばれていたという。 しかし、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や世界食糧計画(WFP)の発表データによると、2019年8月時点で、イエメンの全人口の1割以上の約330万人が国内避難民で、約27万人がイエメンの対岸に位置するジブチをはじめ、エジプト、ヨルダンなど国外で難民としての生活を余儀なくされている。さらに、食糧不足や不衛生な環境などの影響で、飢餓やコレラも蔓延。人口の8割にあたる約2400万人が何らかの人道支援を必要としているという。 国際的な注目を集めるシリアとまばらな報道しかされないイエメン。 この「格差」はどこから生まれるのかを知りたいと考えたのが、イエメン人の難民を取材しようと思ったきっかけだ。自分が知る限り日本でイエメンに関する取材を行っている人が少なかったことも、「自分が伝えなければ」という使命感に似た気持ちを持つことにつながった。 そして、取材を続ける中で母国を離れた多くのイエメン人の難民と出会い、直接話を聞くことを通して、彼らに国を後にする決断をさせたイエメン国内の状況を自分の目で確かめたいという気持ちがどんどん強まっていった。