女優、57歳で歌手デビュー。「何でも自分でやれるいい時代。それを楽しまなくちゃ損ですよ」
17歳でモデルとしてデビューした後、俳優へと転じ、芸能生活40周年を迎えたとよた真帆さん。その記念の意味もこめ、この度、歌手としてCDアルバム『WILD FLOWER』をリリースしました。新たな挑戦に至った心境とは。 PEOPLE NOW
歌うきっかけをくれたのは、亡くなった夫。それがCDの形になりました
俳優以外に、趣味の絵画やDIYなどの才能も認められ、マルチに活躍するとよた真帆さんが、この度、歌手としてデビュー。私財を投じて制作されたというCDアルバムには、オリジナルやカバーのほか、2022年3月に亡くなった夫、映画監督の青山真治さんが歌う一曲も入っています。彼女の歌への思い、50代後半からの生き方について伺いました。
── 俳優業以外のご活躍もよく知られていますが、歌われる印象はなかったので、歌手デビューは意外でした。 とよた真帆(以下とよた) 歌うことを勧めてくれたのは、夫の青山真治なんです。 結婚して10年目くらいのある日、自宅で、私がTVの歌番組の曲に合わせて歌ったら、そばで仕事をしていた青山が驚いて「真帆、歌えんの?」って。それで浅川マキさんのアルバムを持ってきて「この『セント・ジェームス病院』って曲、歌える?」って聞いてきたんです。 私も浅川さんが好きだったし、キーも一緒なので歌ったら、「この曲を歌える女優を探していたんだけど、家にいたのか!」って感激してくれて(笑)。翌日くらいには夫婦で初カラオケに行きました。 ── それまで、お互い歌を披露したことがなかった? とよた そうなんです。私たち夫婦って変わっているのかもしれなくて、お互いに「自分はこれが好き」とかあんまり言い合わなかった。青山が「茄子が好物」だと知ったのも、結婚して7年目くらいですから。歌も、私はもともと好きでしたが、人前で披露する機会もなかったですしね。 でもその後、一緒にカラオケに行くようになったら、青山がその度に、私の歌を褒めてくれるんです。だから私も調子に乗って、歌唱力を上げたいと思うようになって、ボイストレーニングを始めたんです。で、徐々に青山が演出を手がけた舞台で歌ったりするようになって。