64年東京五輪・コンパニオン秘話 皇太子夫妻にサインをねだる姿にIOC委員長は困惑…「当時の日本人は未来に惚れていた」
長嶋茂雄氏と亜希子さんの出会いは
オリンピックの選手たち同様、コンパニオンに対するメディアの関心は高かった。マスコミはいつもコンパニオンの事務所がある帝国ホテルに張り込み、彼女たちの出勤ファッションなどを取材していた。そんなマスコミ監視の中で、コンパニオンの一人、西村亜希子さんと長嶋茂雄氏が結ばれたことが、大隈和子さん(大隈重信曾孫)には思い出深い。 「報知新聞の取材で、長嶋さんと王さんと5人ほどのコンパニオンが会ったあと、食事に誘ってくださったんです。そのときちょうど西村亜希子さんが仕事から帰ってきたので、誘ってみた。彼女はアメリカから帰ったばかりで言動もハキハキしていて相手が長嶋さんでも物怖じしない。それで『弟が大ファンなんです。ぜひうちに遊びに来て下さい』って言っちゃったんです。嘘みたいな話ですが、その食事の後、長嶋さんは亜希子さんを車で家に送り届けて、そのまま彼女の家に上がって、弟さんにサインしてあげたみたいですよ」 原田さんはリーダーとして「私たちは主役じゃありません。縁の下の力持ちなのだ」としつこく繰り返していた。しかし彼女たちが活動を始めてまもなくある事件が起きてしまう。 開幕した頃の話である。ブランデージ会長が主催するパーティが行われた。主賓は皇太子夫妻で、着席パーティである。それでは皇太子夫妻とIOC委員が懇談できないことを気遣い、食後に歓談できる控え室が用意された。食後、原田さんが所用のため少し席を外し、再び会場に戻ってくると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。コンパニオンたちが皇太子夫妻を囲み、一人がメニュー表の裏にサインをねだっていたのだ。
IOC会長お気に入りの言葉は「おかげさま」
「あなたたち、どきなさい。どいて!」 と、原田さんはみなを蹴散らし、皇太子夫妻と話せず困った表情のIOC委員を殿下に近づけた。そして怒り心頭に発して「あなた達の面倒をみることはできません。明日から来ないわよ」と言って、足早にホテルをあとにしようとした。だがJOCの竹田会長に「気持ちはわかる。我慢してくれ」と言われ、踏みとどまったのだという。 10月24日、東京オリンピックは全日程を終えた。日本の獲得メダル数は金16、銀5、銅8と、アメリカ、ソ連につぐ3位だった。ブランデージ会長は閉会式で、「みなさん、おかげさまで東京大会は大成功に終わりました」という内容の挨拶を日本語で行った。この挨拶、実は原田さんが考え、ローマ字にして会長に練習させたものだった。 「会長は『おかげさま』という言葉がとても気に入られて、ことあるごとにお使いになっていましたね」(原田さん) 34人のコンパニオンは、1人の脱落者も出さず、仕事を成し遂げた。原田さんの体重は5キロも減っていた。