「日本の運転マナー = 三流レベル」は本当か? データ&歴史で再検証、原因は“警察”にもあったのかもしれない
「歴史的背景」だろうか
日本では歴史的に人の移動手段として 「車輪」 を使う文化がなかったことを指摘する論者もある(折口透『自動車の世紀』)。ギリシャ神話のアポロンは白馬のひく車に乗って天界から地上に下りてきたが、日本神話の神々は 「移動手段としても、兵器としても」 車輪を使った形跡がない。馬そのものは日本でも使われていたが、武士や上流階級が騎乗で使うか、貨物の運搬手段としては駄載(馬の背に搭載)であり、車両を牽かせることはなかった。 一方で西洋では馬車が古くから常用されていたが、日本では明治時代になって馬車(車両)を想定していない街路に馬車が走るようになり事故やトラブルが続出した。 1873(明治6)年に「違式誄違條令(いしきかいいじょうれい)」という、現在の軽犯罪法相当の法律が布告された。それによると ・狭い街路を馬車で疾走する者 ・無頓着に馬車を疾走させて通行人に迷惑をかける者(現代語訳) は「誄違」に該当し罰金の対象としている。このように「車輪のついた乗りもの」の通行を想定していない道や街並みに車両が侵入したことによる軋轢がいまだに解消されていないのかもしれない。文化的背景を客観的に立証することはむずかしいが、これも日本の「三流」の一要因である可能性もある。
「三流」脱却の道はあるか
全日本交通安全協会と毎日新聞社の共催で、1966(昭和41)年から現在まで交通安全標語を募集している。有名な「とび出すな 車は急に 止まれない(1967年、こども向け)」や、交通安全標語の域を超えて高度成長経済に対するアンチテーゼとして解釈されることもあった「せまい日本 そんなに急いで どこへ行く(1973年、運転者向け)」もこの企画が発祥である。 全体を通覧すると歩行者・子ども・自転車など 「弱者のほうが気をつけろ」 という姿勢が優勢であり、「甘えてならない 歩行者優先」が入選(1979年、歩行者向け)」しているほどである。現在もその傾向は変わらず「さあ青だ 踏み出す前に 再確認(2024年、歩行者向け)」が警察庁長官賞を受賞するなど、むしろ 「警察が進んで「三流」を容認している」 かのような状況にある。また最近ネット上で見かけたが、横断歩道で子どもが手を挙げてクルマが停まった場面で子どもがドライバーにお辞儀をしている行為を、あたかも日本が誇る美風であるかのように紹介している動画があった。すなわち 「本来はクルマが優先だが、ドライバーの好意で渡らせてあげる」 という認識である。結局、こうした認識の集積が「三流」を招いているのではないか。その背景に 「長い物には巻かれろ」 という日本人の伝統的な価値観が横たわっているとすれば、「三流」脱却は容易なことではないかもしれない。
上岡直見(交通専門家)