井上芳雄さん「ツッコミだけではなく、人に突っ込んでもらえるような隙を持てたらと思います。」
ミュージカルを主軸に多ジャンルで活躍中。最新作ではロシアの古典、アントン・チェーホフの舞台に初めて挑戦する。
「ツッコミだけではなく、人に突っ込んで もらえるような隙を持てたらと思います。」
ミュージカルの舞台で、心洗われる澄んだ歌声で魅了したかと思えば、テレビやラジオでは軽妙なトークで場を和ませる多才な井上芳雄さん。現在、舞台『桜の園』に出演中。ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)さんの演出で、井上さんはロシアの劇作家・チェーホフの戯曲に初めて挑んでいる。 「すべての人間のタイプが登場しているのでは⁉ と思うくらい、多様な人物が出てきます。120年前に書かれていますが、チェーホフの作品が繰り返し上演される理由がわかる気がします」 セリフはほぼ変えてないのに、KERAさん流の面白味が滲み出ているらしい。井上さんが演じるのは30歳手前の万年大学生のトロフィーモフ役だ。 「少々頭でっかちというか、高い理想を掲げているけれども、実践できていないので、周囲にそこを突っ込まれます。一方で想いを寄せる女性に対しては俗っぽい一面も見せていて、人間臭いところが面白くなりそうです」 理想を掲げるまっすぐなところは、以前『組曲虐殺』(井上ひさし作)で演じた、プロレタリア文学の作家・小林多喜二役に通じるところがあると語る。 「弱い立場の人の味方でありたいと僕自身も思いますし、演劇自体がそういう願いを持っているものですよね」
井上さんはミュージカル界を牽引してきた一人であり、来年デビュー25周年を迎えるベテランなのに、『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』のクリスチャン役といい、純粋な青年役がとにかくハマる。その秘密は何か? 「若さを保つために特別何かをしているということはないんですよね。毎日お酒も飲んでますし(笑)。ただ、若い頃からそういう役をやってきた、舞台に立ち続けていたというのは関係しているのかもしれません」 もともと年齢の上下に関係なく、誰に対してもフラットでいたいという思いがある。座長も多く務めているが、先輩風を吹かせることはしない。 「僕はトークなどでも、ツッコミになって場を盛り上げるのが得意だったんです。でも、年齢が上がってきて、ツッコミだけだと何かを否定する、キツイ印象になってしまうなと感じて。昔は隙のないことがよいことと思っていたのですが、今はもう少し余白というか、人から突っ込んでもらえる、甘えられる存在になれたらなと思います。まだ全然そうなれてないのですが(笑)」 井上さんの瑞々しい歌声はきっとこの謙虚さと優しさに裏付けられている。