なぜ日本では「透析患者の死」を語るのはタブー視されるのか?…「まるで透析患者に死は永遠に訪れないかのよう」
「私たちは必死に生きた。しかし、どう死ねばよいのか、それが分からなかった」 なぜ、透析患者は「安らかな死」を迎えることができないのか? どうして、がん患者以外は「緩和ケア」を受けることさえできないのか? 【写真】「がんで死ねるのは幸せだ」…「透析患者の死」はタブー視される異様な現実 10年以上におよぶ血液透析、腎移植、再透析の末、透析を止める決断をした夫(林新氏)。その壮絶な最期を看取った著者が記す、息をのむ医療ノンフィクション、『透析を止めた日』(堀川惠子著)が刊行された。 『透析を止めた日』は、これから透析をする可能性のある人、すでに透析を受けている人、腎臓移植をした人、透析を終える時期が見えてきた人だけでなく、日本の医療全般にかかわる必読の書だ。 本記事では、約35万人が透析を受ける「透析大国日本」における透析ビジネスの実情を見ていく。 ※本記事は堀川惠子『透析を止めた日』より抜粋・編集したものです。
喧騒の透析機器展示会
2019年6月、私は横浜市内で開催された透析機器の展示会場にいた。 展示面積2万平方メートル、天井高19メートルという国内屈指の巨大な展示場に、透析医療メーカーが勢ぞろいでブースを出展。旭化成メディカル、バクスター(現ヴァンティブ)、東レ・メディカル、ニプロなどの営業マンたちが、隙のないスーツ姿に爽やかな笑顔で自社製品を売りこんでいる。 活気に満ちた会場に足を踏み入れたとき、私は奇妙な感じを抱いた。ほんの2年前、週に3度は目にした透析機器、ダイアライザー(ろ過装置)、点滴セット、血圧測定器の類いが、鮮やかなLED照明に照らし出され、最新の「商品」として陳列されている。商談の花があちこちで咲き、透析業界がいかに巨大な医療ビジネス市場かを実感させられるようだ。 手元のノートに所感をメモしながら歩いていると、 「ドクター、ご覧ください!」 「ドクター、どうぞこちらに」 客引きのような声が方々からかかる。 私の首には「PRESS」と表示した入場許可証がぶら下がっている。だが、この会場でジャケットにスラックス姿の中年女がペンを片手に歩いていれば、ドクターとしか映らないようだ。まして2年前まで、透析器の先に繫がれていた患者の家族とは夢にも思わないだろう。 そう、この展示場に並べられたピカピカに輝く透析機器の先には、生身の人間がいる。透明なカテーテルには血液が流れ、ダイアライザーも真っ赤に染まる──。脳裏に浮かぶ遠くない日の光景を振り払いながら、私は会場を歩いた。 ある企業のブースの前で足が止まった。透析器のとなりに「在宅血液透析」というパネルが添えられている。 ──え、家で透析ができるの? 近寄ってよく見ると、透析器を家に常置し、通信ネットワークWi─Fiを使ってクリニックに透析のデータを送る仕組みだと書かれている。他にも「見守り支援システム」という遠隔診療を説明するパネルもある。これまで透析とはクリニックに通って行うものだと思い込んでいた私は、透析と遠隔医療という組み合わせに驚いた。慌ててメモを取り始めるとすぐ若い営業マンが飛んできた。 「遠隔医療にご関心がおありですか? まだそう広まっていませんが、これからは在宅で透析をすることも視野に入る時代になります。わが社ではすでに全国で500件くらい導入したケースがあります」 聞けば世田谷区内のわが家の近所でも最近3件、このメーカーの在宅透析器を導入した患者がいるという。もちろん透析器を扱うために事前のトレーニングは必要だし、透析用の太い針を自分で刺さねばならないし、水道代もかなりの負担になるから、そう簡単な話ではない。営業マンの説明が熱を帯び始める。 「遠隔医療が走り出したというのに、透析業界は後れをとっている感じがありますね。夜間透析のためにクリニックにわざわざ通っている患者さんもいますが、このシステムなら自宅で寝ていてもできるんです。遠隔診療なら、ドクターの皆さんには、間もなく始まる“働き方改革”のご提案もできます」 確かに家で透析ができれば、患者の負担はまったく次元が違うものになるだろう。医師の側にとっても訪問診療には高い診療報酬がつくから、悪い話ではないかもしれない。だが、疑問も浮かぶ。饒舌なトークに割って入った。 「でも、皆さんメーカーのお立場からしたら、クリニックが一括購入してくれて、その後のサポートもまとめてできるほうが楽でしょう? 遠隔診療で透析器が故障なんかしたら、患者の家をいちいち個別に回らないといけないし」 すると営業マンは、芝居がかった風に眉間にしわを寄せてみせた。口調がやや抑えたトーンに変わる。 「われわれの業界は、これまで儲けすぎました。透析といえばビルが建つと言われてドル箱でしたけど、これからは人口が減っていきますし、そのうちクリニックのベッドも空いてきます。ドクター、そろそろ、われわれも患者さんのQOL(生活の質)について考えないといけない時代がきました」 この営業マンも私のことを医師だと思いこみ、本音を漏らしたようだ。このまま会話を続けるのはアンフェアだと思ったので、私は首からぶら下げたホルダーを提示して自分が取材者であることを告げた。すると彼は急に顔色を変えて、慌てて上司を呼びに行った。本音トークの続きは聴くことができなかった。 展示会場の隅には、透析関連の書籍を一堂に集めたコーナーがあった。透析医療の関係者が群がるように長テーブルを囲み、次々に本を手に取っている。仮設のレジには長い行列ができていて、紙の本がこんなに売れているのは久しぶりに見た気がした。 透析ケアQ&A、腎疾患マニュアル、透析療法最前線、血管診療の手引き、糖尿病対策、高齢者医療ハンドブック、オンラインHDFの使い方、臨床と腎生理、栄養療法等々、透析をめぐる、ありとあらゆるテーマの書籍が並んでいる。 隅から隅まで探してみたが、やはり透析患者の終末期の問題や、腎不全領域の緩和ケアについて書かれた書籍はほんの一冊も見当たらない。まるで透析患者に、死は永遠に訪れないかのようだ。