なぜ日本では「透析患者の死」を語るのはタブー視されるのか?…「まるで透析患者に死は永遠に訪れないかのよう」
高齢化する透析患者
透析は、腎臓病患者の命を救う革命的な医療として広まった。早逝を運命づけられた多くの患者に、生きる希望を与えてきた。 透析になる患者は、決して特別な人ではない。原因疾患は糖尿病や高血圧症など、生活習慣病から透析に至る人が多い。今や20歳以上の国民の7~8人に1人が慢性腎臓病(CKD)という試算もあり(一般社団法人日本腎臓学会編「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023」より)、透析予備軍はかなりのボリュームで存在する。 透析患者の数は2023年現在、約35万人。国民の約360人に1人の割合だ。 日本透析医学会が公表する「わが国の慢性透析療法の現況」(2022年版)によれば、透析を始める年齢は上昇の一途で、透析導入患者の平均年齢は71.42歳。すでに透析治療を受けている慢性維持透析患者の高齢化も進み、平均年齢は69.87歳。おおまかに計算すると、透析患者の7割が65歳以上の高齢者に該当する。 高齢患者の増加が著しい一方で、透析患者数の伸び率は、意外なことにここ数年横ばいが続く。透析に関連する資料には依然として「透析患者は増加の一途」という定型表現が使われがちだが、現実は先の展示会場で営業マンが漏らしたように、2022年末の数値は前年比で初めてわずかながら減少に転じ、今後、この傾向が続くことも予想されている。 つまり透析業界は近年、質、量ともに転換期を迎えている。 患者の高齢化が進むと、合併症を発症しやすくなる。認知症を抱える比率も高まる。すると透析を維持すること自体が、患者に過剰な負担を強いるようになる。生活を支える治療であった透析が、延命治療へと性質を変化させるケースが増える。つまり、透析を受けるメリットとデメリットを計る天秤のバランスが変わってくる。 透析患者の高齢化が今後さらに進めば、透析を受けながら死を迎えるケースは急増するだろう。つまり、透析の「出口」に向かう人が増える。実際、2022年の透析患者の年間死亡者数は3万8464人と、前年を大きく上回った。同様の傾向が続けば、透析患者の10%以上が毎年、死亡していく計算になる。それなのに、透析患者の死について語ることはタブーであるかのように真剣な議論は交わされてこなかった。 私は2017年夏に夫を亡くしたあと、透析業界の取材を始めた。そしてこうしたデータの傾向を確認したとき、多くの患者遺族が「死」について口をつぐんでいると直感した。誰だって愛する家族の苦しみなど二度と思い出したくない。当の本人は亡くなっているから、訴えたくても死人に口なしだ。 60歳で亡くなった夫は高齢者の定義には入らないが、透析をしながら終末期を迎えたという点では、最終的に直面した状況は似通っている。私たち夫婦が経験した「終末期の維持透析」「透析中止の決断」、そして「透析患者の緩和ケア」をめぐる問題は、すでに事例がごまんと蓄積しているはずで、声なき声は遠からず表面化するだろうことを確信した。そう思っていた矢先、あるニュースが飛び込んできた。 * さらに【つづき】〈「がんで死ねるのは幸せだ」…「透析患者の死」はタブー視され、死の臨床に生かされない「異様な現実」〉では、透析患者の「死」について見ていく。
堀川 惠子(ノンフィクション作家)