パブリックトイレから考える「都市空間を生きる」ということ
「トイレ」は生物として根本の営みとプライバシーや安全が密接に関わる場所だ。それが公共空間に置かれるなら、本当に「だれでも使えるトイレ」にする必要がある。性差と交差性の視点を組み込む「ジェンダード・イノベーション」の観点は、社会の公平性にかかわる課題を構造的に考え、都市をアップデートする手がかりを与えてくれる。 * * * パブリックトイレは、公共空間の一部であるという位置づけから、すべての人々に開かれた場所であり、誰に対しても利用が保障される必要がある。しかし、近年、社会の包摂性に対する議論が深まる中で、パブリックトイレにおける課題や利用者のニーズは、単純な分類では把握できない広がりを持ち、従来の男女区画をベースとしたパブリックトイレを再考する必要性も徐々に指摘されはじめている。 多様化する現代社会におけるパブリックトイレの再考は、利用者属性をあらかじめ想定した既成概念による設えでは充分でない場合もある一方で、慣習の安易な変化は利用者の戸惑いへの配慮を欠く結果にもなりうる。パブリックトイレに対する細やかな機能や空間の充足への期待や需要は、時代と共に拡大するが、建築・都市空間には面積的制約や予算的制約が付き物であり、千差万別のニーズを、ひとつのかたちにまとめなければならない難しさがそこには存在する。以下、現代におけるパブリックトイレに必要な視点を考えてみたい。
「都市への権利」
パブリックトイレは、広義には住宅など個人トイレ以外のトイレを示し、オフィスや学校トイレなど特定の集団が利用するものから、公衆トイレや公共交通機関、商業施設のトイレなど不特定多数が利用するものまであり、幅広い役割を持つ。自宅から一歩外へ出て、公共空間である都市を移動しようとするとき、もしくは都市で活動を行うとき、排泄を支える機能が当たり前に住宅の外に準備され、利用可能であることは、私達の身体の自由な移動や活動を可能にすること、そのものであると言っても過言ではない。 このようなパブリックトイレを含む、都市を構成する様々な要素を利用する権利は、“The Right to the City”とも呼ばれ、2016年に開催された「住宅と持続可能な都市開発に関する国連会議(Habitat Ⅲ)」でも示されている。都市化の社会的価値を支える“The Right to the City”とは、都市そのものをコモンズ(共有地)と捉え、すべての人々、特に社会的少数派が、都市の資源、サービス、商品への平等な機会とアクセスを持つべきであることを意味する1。 誰もが当たり前に使用可能な共有空間において、わざわざこのような宣言が必要とされる背景には、都市計画や建設の過程で、政治、経済、社会、文化等に起因した、時代ごとの意思が空間に反映されるからに他ならない。計画された空間は、“誰か”によって生産された風景であり、すべての人にとっての当たり前という“The Right to the City”の絶対的客観性は、計画と実態の公平で絶え間ないフィードバックによってのみ、更新しながら持続される。