子育てしながら「アルプスの少女ハイジ」を理想に小屋を作った女性に聞いた、セルフビルドの魅力
1972年東京都生まれ。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働き、2010年以降は東京を拠点にノンフィクション作家として活動する川内有緒さん(51)。 Yahoo! ニュース│本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞した『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』のほか、『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』『空をゆく巨人』といった作品もある川内さんは、興味を持ったテーマに猪突猛進するバイタリティがある一方、ひとり娘の成長に一喜一憂する普通の母親でもある。 そんな川内さんが、42歳で母親になり「この子に残せるのは、“何かを自分で作り出せる実感”だけかも」と考え、取り組んだのが小さな小屋作りだった。 コップに水をいれるだけでこぼしてしまうほど不器用な川内さんの思いつきを、単なるDIYだと思う人もいるかもしれない。しかし、その過程を綴ったエッセイ『自由の丘に、小屋をつくる』(新潮社)には、現代社会で見失われがちな「価値」を見つめ直すピースがある。 夫のイオ君と、幼い娘・ナナの三人による、コスパ・タイパを度外視した小屋作りは家族の何を変え、人生に何を見出したのか? 10月27日、東京都の西荻窪にある今野書店で書店員の花本武さんを聞き手に行われたトークイベントの一部をご紹介する。 *** 花本 『自由の丘に、小屋をつくる』、本当に面白く読みました。本の中には、いろいろ気になる言葉もたくさん出てきまして、まず、タイトルに込めた思いを教えてください。 川内 この本はスタジオジブリの雑誌「熱風」に「丘の上に小屋を作る」というタイトルで4年間くらい不定期連載していたものの書籍化になります。連載自体は小屋の影も形もない時にスタートして、何かが起こると原稿を書き……という形で進めました。 書籍にまとめる際に、物書きとしては何をしていた時期かとか、子育てはどんな段階だったかと、小屋作り以外のこともどんどん加筆していったんです。それで、スタジオジブリと新潮社の編集者の方に「抽象的な丘っていうことで、『自由の丘に、小屋をつくる』はどうですか」と提案しました。 花本 そもそも、子供が生まれるってすごい大きな変化ですよね。やっぱり娘のナナちゃんが生まれてなければ、小屋作りはしてなかったんじゃないですか。 川内 してないですね。娘が生まれたのは、私が42歳の時。それまでずっと自分のためだけに生きてきました。時間も、お金も、自分のためだけに使う。割合で言えば、98%が自分で、家庭生活は2%ぐらいだったところから、子どもが生まれると、自分は5%分くらいしかなくなる。だから「娘のために小屋を作りたい」と言いつつも、私が母でも妻でもなく、自分だけでいられる時間も欲しいという思いがありました。 でも、本当に地味な小屋なんですよ。「タイニーハウス」って言うと、すごいキラキラしておしゃれなものをイメージされると思うんですけど……。それでも、こんなに作るのが大変だと思わなかった。半年ぐらいで建つかなって思っていたのに、結局6年くらいかかりました。 花本 一緒に小屋を作る仲間たちの群像劇的な面白さもすごくいいんですよね。みんな全然バックボーンも違うし。有緒さんを中心に集まって、楽しそうで仲が良い。 川内 小屋作りを始めた当初は、こんなに人がたくさん集まるとは全く思っていませんでした。1人でコツコツ作るイメージだった。でも、本当に私が何も出来なさすぎて、色々な人の手を借りて完成しました。「自分って全然できないんだ」とちょっとびっくりしたくらいです。 花本 本当にDIY未経験ということで、小屋を作る前に、まずDIYの塾みたいなところに通われますね。 川内 はい。そこで最初に作ったのは娘・ナナ用の小さな机。「机って板があって、脚をつければいいんでしょう」と軽い気持ちだったのに、全然作れない。 花本 そんな状態だったところから、いろんな縁が繋がっていきますよね。一読者としては、いきなり発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが出てきたという驚きもありました。 川内 小屋を建てるための土地を探していたら、夫のイオくんのツテで「うちの土地、使っていいよ」って言ってくれたのが小倉家でした。そのとき、私はヒラクさんについて何も知らなかったんですよ。彼もまだ『発酵人類学』(木楽舎、2017年刊)を出版する前でした。 花本 ここまででも一苦労なのに、小屋を建てる前には、整地もしないといけない。ブルドーザーでバーってやるのかと思ったら、有緒さんとヒラクさんが手作業で整地していて、「こんなふうに始めちゃっていいの」って、結構ドキドキしながら読みました。 川内 何も知らないから出来るんですよ。ワクワクした気持ちだけで突き進む瞬間の人間ってすごい強くないですか。一番幸せな瞬間でもあるんですよ。 花本 その後も、小屋の作業をしようと思った矢先に台風が来たり、工具のバッテリー充電をし忘れたり、いろいろなトラブルも起きて……。あと読んでいて大変だなと思ったのは、娘のナナちゃんもいると、手伝ってもらうと言っても大変ですよね。ナナちゃんに現場を楽しんでもらいながら作業を進めるの、苦労されたんじゃないですか。 川内 小屋を作り始めた最初の頃は、ナナも2歳ぐらい。おっしゃる通り、一緒に出来ることって少ない。でも、子どもも成長と共にだんだんDIYのスキルアップしていくんですよね。最近だと、ちょっと小屋の外に置いてあるアウトドアキッチンをリニューアルしたいなと思いついて、「適当に塗って」って言ったら全部、ナナが友達と一緒にきれいに塗ってくれました。手が届かない上の方は、子どもたちの1人が後ろにある塀を登って「ここ、まだ塗れてないよ」とか教えたりして、協力しながらやるんです。そういう様子を見ていると、DIYは日本人全員覚えておいた方がいいと思うくらいです。 花本 自分で生きていくための力といいますか。 川内 そうそう。ちょっと話がズレますが、今年の5月に実家をリフォームすることになったんです。古いマンションなので水道管が大変なことになっていることが判明しました。付け替えてもらうだけで100万円くらい掛かる。でも、それはプロにお願いするしかない。そうなると、他の部分のリフォームは予算的に「自分たちがやるしかないよね」と。妹と友人たち10人くらいでゴールデンウイークにやったんです。 花本 そういう風に「やろう!」って決められるのは、本当にすごい。話は小屋に戻りますが、イメージソースに「アルプスの少女ハイジ」のおじいさんが住んでいる山小屋があったそうですね? 川内 もともと、ハイジが好きだったんです。それで娘と一緒にDVDを見たら、やっぱりいい話だなと改めて号泣しちゃって。ハイジのおじいさんは、アニメでは世俗から離れた偏屈な気難しい人物として描かれているけれど、本当は優しい人だ、というのも伝わってくる。山小屋というのは、おじいさんにとっては、自分らしく自由に生きるための場所なんだってすごく感じたんです。 花本 ハイジの山小屋を参考に、川内さんも小屋の外壁の木材を縦じゃなくて横に貼っていこう、とか決めていましたよね。それくらいハイジは重要だったんですね。 また、本の中では、川内さんがパリで出会ったアーティストのブルーノとエツツの作った小屋からもインスピレーションを受けたと書かれていますよね。 川内 そうです。ブルーノとエツツというのは、私の『パリでメシを食う。』(幻冬舎文庫、2010年)に登場するアーティスト。ふたりは一時期、アリスという女性が住んでいた空き家を不法占拠(スクワット)して、その中庭にかわいらしい小屋を自分たちで建てて自給自足で暮らしていたんです。 ふたりの小屋を見たときに、「こうやって生きることもできるんだ!」って思えたんです。私にインスピレーションを与えてくれる人たちは、皆、そのことを教えてくれる人たちなんですね。 花本 今日はスペシャルゲストも呼んでいるので、ここでご登場願いましょうか。本にも出てくる、川内さんの夫のイオさんです。