社会的ルールを守れる人間になれるかどうかは、じつは「赤ん坊」の時点で「大きな分かれ道」を迎えていた…!
日本は今、「人生100年」と言われる長寿国になりましたが、その百年間をずっと幸せに生きることは、必ずしも容易ではありません。人生には、さまざまな困難が待ち受けています。 【写真】じつはこんなに高い…「うつ」になる「65歳以上の高齢者」の「衝撃の割合」 『人はどう悩むのか』(講談社現代新書)では、各ライフステージに潜む悩みを年代ごとに解説しています。ふつうは時系列に沿って、生まれたときからスタートしますが、本書では逆に高齢者の側からたどっています。 本記事では、せっかくの人生を気分よく過ごすためにはどうすればよいのか、『人はどう悩むのか』(講談社現代新書)の内容を抜粋、編集して紹介します。
赤ん坊はなぜ赤い?
赤ん坊はなぜ赤いのか。それは赤ん坊が母親の胎内で呼吸をしないからです。 呼吸をしないから、酸素は母親の胎盤から得なければなりません。自分で呼吸するより効率が悪いので、赤ん坊は通常以上の赤血球を持っています。だから、生まれてきたとき、赤ちゃんは赤く見えるのです。 この世に生まれてきたとき、赤ん坊は環境の激変を体験します。狭い産道を通るのもたいへんでしょうが、温かくて安全で何もしなくてもよかった母親の子宮内から、寒くて、呼吸をしないと窒息し、皮膚はいつ傷つくか知れず、栄養を吞み込むことも、尿と便を出すことも自分でしなければならない外界に出てくるのですから、大声で泣くのは当然です。 泣くとだれかが世話をしてくれます。抱いてくれたり、布でくるんでくれたり、母乳やミルクを与えてくれたり、濡れたおしめを替えてくれたりして、赤ん坊の苦しみを解いてくれます。そのことによって、赤ん坊は自分は守られているという安心感を得ます。まわりの人を信じていいんだという思い、これを「基本的信頼」といいます。 基本的信頼が得られると、赤ん坊は生きる希望を感じます。それは幸せになれるという確信にもつながり、そのための努力をするよすがにもなります。 逆に、基本的信頼が得られないと、世の中や人生に対する根源的な不信を持ってしまい、その後の成長に大きな問題を抱えることになります。 基本的信頼を強めるためには、乳児は自分が望むように愛されなければなりません。母親が望むように愛するのではいけません。あくまで乳児自身が求めるようにというのがポイントです。 出生後、一、二ヵ月で乳児は笑顔を見せるようになりますが、これは単なる模倣ではなく、親の愛情に対する共感や共鳴だと考えられています。 さらに四、五ヵ月ごろから情緒表現が豊かになり、好き嫌いや拒絶を表すようにもなります。共感や愛情を示されると、乳児は「誇りある自分」を形成するようになります。それは生きる希望をさらに強めることになります。 半年から二歳くらいまでに、乳児は周囲との関わりの中で、社会性の初歩を学びます。母親またはその代理と情緒的なやり取りを繰り返し、互いに思い通りにならない状況で葛藤を生じたりもします。 乳児は不安を感じたり、未知のものに出会ったりすると、後ろを振り返ります。それは母親やその代理に、見守ってくれる存在、適切な指示を与えてくれる存在を求めるからです。そのことによって、乳児は「社会的参照」を育てます。 社会的参照とは、発達心理学の用語で、乳児が新しい判断を行うとき、母親など自分が依存する大人の反応を参考にすることを指します。社会的参照が成立する、つまり周囲の大人から良好な反応が得られると、乳児は安心し、安全を実感します。そのことが、社会的ルールを守る基本姿勢につながるのです。 逆に、社会的参照が成立しないと、乳児は不安になり、後々社会的なルールを守ることや、努力して自分を高めることに価値を見出さなくなります。 こうして見ると、よい人生を送るか否かの種子は、生まれて間もない時期に埋め込まれるということがわかります。 さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6~7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。
久坂部 羊(医師・作家)