【オーストラリア】【有為転変】第201回 急接近するオーストラリアと韓国
オーストラリアと韓国がここ数年で急接近しているのを、複雑な思いで見ている。両国の協力関係が特に顕著なのは、安全保障分野とエネルギー分野だ。韓国防衛大手ハンファは8月末に、ビクトリア州ジーロングに自走砲と装甲車を生産する工場「H―ACE」を完工したばかり。豪米英の安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」についても、日本を横目に、韓国が旺盛な加盟意欲を見せている。ハンファは、豪連邦政府が計画する新型フリゲート艦の共同開発計画でも応札する意向で、日本にとっては、約8年前に煮え湯を飲まされたオーストラリアの新型潜水艦プロジェクトの二の舞になるかもしれない。 オーストラリアと韓国は近年までは、安全保障面での協力関係はさほど緊密化していなかった。それが一気に急接近し始めたのは、オーストラリアが保守連合のモリソン政権時代に、中国との関係が悪化していたことと関係がある。 2021年12月に、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)前大統領が、オーストラリアと韓国の外交関係樹立60周年を記念して訪豪したが、オーストラリアはこれを機に、第4位の貿易相手国である韓国との安全保障や、戦略・経済的な関係を強化しようとしたのだ。 また韓国にとっても、水素など将来のエネルギー供給国として、また先端製造業を支える重要鉱物の供給国としてオーストラリアを重要視する明確な意図もあった。 この時両国は、合計10億豪ドル(約950億6,000万円)規模の豪韓防衛協定を締結している。同協定に基づき、韓国ハンファエアロスペースと豪政府は共同で、ジーロングに装甲車両工場「H―ACE」や研究拠点の建設も開始した。 韓国にとって、防衛企業が海外に工場を設立するのは初めてで、オーストラリアにとっても、日本を含めたインド太平洋諸国との間で結んだ協定で最大のものだった。 ■オーカスの2日前に締結 先に言及したように、この協定が締結されたのは21年の12月だが、協定の覚書をまとめたのは3カ月前の9月13日である。この日、オーストラリアと韓国は、外務・防衛閣僚協議(2プラス2)を開催し、豪国防軍が韓国製の装甲兵員輸送車を調達するとしていた。実はこの時、米国も交えた「米豪韓3カ国の軍事装備協力関係に関する協定」も同時に締結している。 今振り返ると興味深いのは、この協定は、オーカス発足の大ニュースが世界中を駆け巡る2日前だったことだ。ということは当時、モリソン政権はオーカスと同時に、中国をにらみ、米国、韓国との関係強化の布石を着々と敷いていたということだ。 実際、昨年7月に老朽化した歩兵戦闘車(IFV)に代わるオーストラリアの新型戦闘車両入札で、次世代歩兵戦闘車「レッドバック」生産計画を持つハンファが受注してもいる。これによりハンファは、豪軍にとって最大の単独事業者となった。 ジーロングに建設した装甲車工場では、27年までに自走砲「AS9」を30両、弾薬運搬車「AS10」を15台、「レッドバック」については129台それぞれ生産して豪軍に供給する。26年上半期にも量産を開始できる見込みだという。 オーストラリアにとっては、先端兵器は米国、装甲車などの従来型は韓国が開発し、軍事サプライチェーン(供給網)の構築を急いでいたものと考えられる。まるで日本はオーストラリア政府の眼中になかったかのようである。 筆者はオーカスが発表された当時、本来であれば日本も絡んで「JAUKUS(ジョーカス)」であるべきだったとして、悠長にオーカスを歓迎するコメントを発表していた日本政府に、当欄で苦言を呈したことがある(21年9月29日付当欄)。 実際、オーストラリアは原子力潜水艦以外の軍事技術調達先として、早くから韓国に白羽の矢を立てていたのだ。 それ以来、米豪主導の軍事演習「タリスマン・セイバー」に、韓国軍も日本の自衛隊に加えて参加することになっている。 ■兵器輸出で9位に浮上 ハンファにしてみれば、ジーロング工場の稼働を機に、オーカス加盟国のほか、英語圏5カ国による機密情報共有の枠組み「ファイブ・アイズ」や欧州、中東市場への進出にも拍車をかける腹積もりだったとみられる。 というのも、14年のロシアによるクリミア併合以降、ロシアと国境を接する北欧ではロシアに対する脅威が高まっていたほか、さらにロシアのウクライナ侵攻以来、世界では急速に兵器需要が拡大している。そこに、力を付け始めた韓国の防衛産業が願ってもない恩恵を受けた形だった。実際に韓国製兵器は価格やサポート面でも非常に競争力があるという。 例えばロシアと国境を接するポーランドもしかりで、韓国で22年秋に行われた防衛産業展で韓国の戦車「K2」を980両、自走砲「K9」648両などを大量購入して世界の防衛業界の話題をさらった。 韓国とポーランド国防省はこれまで、地上と海洋で照射して跳ね返ってきたレーダーを解析して地上の状態を把握する合成開口レーダー(SAR)衛星事業の開発を進めるプログラムで協力を続けてきた。今年9月上旬には、ハンファ傘下の航空システム大手ハンファシステムとの間で、宇宙事業の開発推進に向けた合意書を締結したばかりだ。 同じように、韓国製の兵器調達を拡大する国はノルウェー、フィンランドなど数多く、今や韓国は兵器輸出量(2016~20年)で世界9位、自走砲の市場では5割以上のシェアを誇るまで拡大している。 ■原発も韓国が虎視眈々 韓国が熱心なのは、防衛産業だけではない。オーストラリアの原発産業と造船業にも韓国系は食い込んでいる。 オーストラリアの野党保守連合(自由党・国民党)は原子力発電所の導入を公約として掲げており、30年代後半に小型原子炉2基を稼働させ、国内に既存型を含む合わせて7基の原子炉を導入する計画を示している。 韓国企業のコリア・ハイドロ&ニュークリアパワーは今年7月に、チェコ政府が実施した原発2基の入札を勝ち取った。韓国系による海外での原発プロジェクトは、UAEに提供して以来15年ぶりだ。オーストラリア側も「韓国は大統領府によるトップセールスや価格、サービス面で魅力的」と見ているという。 またハンファグループ傘下の造船大手ハンファオーシャンは今年4月、オーストラリアの造船大手オースタルに対し、総額10億豪ドルの買収案を提示している。 オースタルの幹部は抵抗しているものの、株主はデューデリジェンス(資産査定)を認めるべきだとの認識だ。さらにマールズ国防相は、ハンファによるオースタルの買収に反対しないと発言しており、豪政府による水面下での韓国びいきもにおわせている。 オースタルは米国海軍向けの船舶製造も行っているため、オースタルの買収には米国の国防当局からの承認も必要となる。万が一、外資審議委員会(FIRB)などから承認を得て正式に認められれば、オーストラリアと韓国の重工産業は、日豪関係など問題にならないほどに緊密化するとみられる。 ■がんじがらめの日本の防衛産業 韓国の防衛産業発展の背景には、日本の防衛産業が呪縛でがんじがらめにされていることも大いに関係がある。 韓国は、日本が装備品開発や移転・輸出に積極的な姿勢に転じると、日本が憲法に縛られていることを知りながら、中国と同様に「軍事主義の再来」とうそぶいて警戒感を声高に示してきた。 そのことで、自国の防衛産業が利するというしたたかな外交戦略を展開してきたわけだ。実際に、米豪韓の防衛協定に表れたように、結果的には、米国のパートナーとしての防衛協力は日本との関係以上に進んでいる。 その一方で、日本の防衛産業の現状は、実に不安極まりない。 コマツや住友重機械工業、三井E&Sなど、防衛事業から撤退した企業は過去20年で100社以上に上るとも報じられている。ある大手メーカーは筆者に「防衛事業は金にならない」とこぼしていた。日本の防衛省しか顧客がいない状況と、北欧や中東、アジアなど世界中に顧客を開拓する韓国系では、産業として将来性に明確な違いがあるのは明らかである。 ■日本の弱点 さて、今後注目されるオーストラリアの軍事関連の入札は、新型フリゲート艦の共同開発案件である。ハンター級駆逐艦6隻の建造と汎用(はんよう)目的の11隻の共同開発を行うというもので、日本も参加する方針を示している。 日本は、三菱重工業が中心となって製造する海上自衛隊のもがみ型護衛艦に基づいた設計開発を擁する。そのほかに応札意向を示しているのは、 ◆ドイツの造船大手ティッセンクルップ・マリン・システムズ(TKMS)のMEKO210型 ◆スペインのナバンティアのALFA3000型 ◆韓国ハンファグループ傘下のハンファオーシャンの大邱級FFX-II型 ◆韓国現代重工業の忠南FFX―III型 ――の計5件となっている。 もがみ型護衛艦は、搭載武器システムがオーストラリア海軍の要件に合致していることや、機雷除去能力があること、乗組員が90人で、従来型の護衛艦(100~140人)より少ないことなどが有利になると指摘されている。 一方で、日本が海外での造船経験に欠けることと、1隻当たりの建造コスト見込みが約4億豪ドルと韓国の約3億豪ドルを上回ることが弱点だという。 しかしながら日本の場合、問題なのはそうした弱点よりも、巨大産業を率いて海外でトップセールスできる日本のリーダーが存在しないことだろう。8年前の潜水艦入札の時も同じだった。 自民党の総裁選が終わったところで、またぞろ内弁慶に陥っていたら、オーストラリアとの関係でも韓国に一気に逆転されるのは間違いない。【NNAオーストラリア代表・西原哲也】