昭和の夜汽車を再現! 大井川鐵道「SL夜行」 チケット3分で完売の衝撃、ファンに愛された当日を振り返る
21世紀の夜汽車のゆくえ
夜も更けて、列車が往復を重ねるたびにプラットホームに出る乗客は減っていった。停車中、静まり返った車内でふと窓の外を見ると、ホームの反対側を吐息のようなブラスト音とともに機関車がゆっくりと移動するのが見える。C10形機関車は、帰路は逆向きの運転となる。テンダー(石炭と水を積んだ車両)をもたない小型のタンク型機関車が最も得意とするところだ。 乗車前は30分という短い運転時間が気になっていたけれど、これが思いがけず楽しいものだった。心地よい揺れで眠気に誘われたあとで列車は音もなく停車し、長い静寂が訪れるのだ。固い座席もさほど苦にならない。ふと目が覚めて、誰もいないホームで夜明け前の冷たい空気を浴びる爽快さ。 6時9分、列車はすべての行程を終えて新金谷駅に到着した。鳥塚社長が車内をまわって乗客に声をかけている。デッキからホームに出るとき、夜行列車を降りるときに感じる独特のけだるさと、一抹の寂しさを久しぶりに味わうことができた。 2024年7月、中央本線の夜行列車が6年ぶりに復活した。新宿から白馬へ向かう臨時特急「アルプス」は、登山客と鉄道ファンで埋まったという。JR西日本が夜行としても運用している観光列車「WEST EXPRESS銀河」も人気が高い。同様の列車がこれからも誕生するのだろうか。興味はつきない。 大井川鐡道広報の山本さんが語ってくれた、 「古いものにずうっとたずさわってきたので、ファンの層を広げられると、やってきてよかったと思いますね」 という言葉が印象に残った。新時代の夜行列車が登場しても、かつての日本人の旅を追体験できるような夜汽車が残ってほしいものだ。
広岡祐(文筆家)