<紫龍―愛工大名電・’24センバツ>他校に脅威「初戦がカギ」 豪快な打撃力に期待 名将・阪口慶三さんが分析 /愛知
「名電の本来の野球ができれば他校にとって怖い存在になる」。センバツに出場する愛工大名電について、こう語るのは東邦高(愛知)、大垣日大高(岐阜)の監督を計56年間務めた阪口慶三さん(79)だ。東海地方の高校野球を盛り上げてきた往年の名将は、初戦がカギになると見る。【黒詰拓也】 【写真で見る歓喜の瞬間】歴代のセンバツ覇者たち 「愛工大名電と言えば豪快な打撃。甲子園でも選手たちが本来の高い能力を発揮できるよう期待している」。阪口さんはエールを送る。 阪口さんが38年間率いてきた東邦のほか、愛工大名電、中京大中京、享栄は愛知高校野球の「私学4強」としてしのぎを削ってきた。「名電は4強の中では特に打力が抜けていた。体が大きな選手が多く、長打が売りで、よくバットを振ってきた」と阪口さんは語る。 愛工大名電の倉野光生監督(65)とも旧知の仲だ。阪口さんが1967年から東邦の監督として指揮を執り始めたのに対し、倉野監督は81年に名電のコーチ、97年に監督に就任した。阪口さんは「平成最初」の89年、倉野監督は2005年にそれぞれセンバツ優勝を果たしている。阪口さんは「倉野監督は強気の采配が際立っていた」と振り返る。 阪口さんが大垣日大の監督に就いた05年春、岐阜県神戸町の学校グラウンドのこけら落としとなる練習試合に招いたのは名電だった。名電は直前のセンバツで頂点に立っており、「日本一のチームを見せてやりたい」と倉野監督に試合を申し込んだ。 結果は18―4で名電の勝利。阪口さんは名電の強打を再認識した一方、大敗を糧に猛練習を重ね、2年後の07年のセンバツで大垣日大を準優勝に導いた。 半世紀以上にわたって高校生を指導し、甲子園で数々の名勝負を繰り広げてきた阪口さん。自身の経験からセンバツを前に最も伝えたいことは「初戦の大切さ」だという。 「緊張で選手たちが本来の力を出しにくい初戦で名電の野球ができれば、次戦からは地力が出せる。昔から力のあるチーム。他校にとってさらに怖い名電になるだろう」