CO2地下貯留「CCS」の商機拡大。継目無鋼管など高品位品、高炉など鉄鋼各社が市場開拓
二酸化炭素(CO2)を地下に貯留する「CCS」施設に欠かすことができない鋼材がある。高い耐食性を誇るステンレス継目無(シームレス)鋼管だ。CCSは国内では実証試験の段階だが、海外では米国などで実用段階のプロジェクトが相次いでいる。今年はCCS関連のビジネスで、高炉メーカーや商社など日本の鉄鋼各社に商機が広がる年になりそうだ。(石川 勇吉) 中東カタールの首都ドーハから南へ約50キロに位置する工業都市メサイード。環境負荷の低い「ブルーアンモニア」の世界最大級となる製造拠点建設の一環で、大規模なCCS事業が動き出している。 アンモニア製造時などに生じる年間150万トンのCO2を回収・貯留。この圧入管に用いる大量のステンレス継目無鋼管を昨年受注したのが、日本製鉄と住友商事の2社連合だ。 受注品は「ハイアロイ(高合金)」と呼ばれるステンレス継目無鋼管の一種。汎用品(炭素鋼)と異なり、過酷な環境下での使用にも耐えられるよう、合金成分のクロムを多量に配合し、耐食性や強度・硬度など材質を向上させた高級鋼管だ。 日本製鉄が関西製鉄所でハイアロイを製造し、既に昨秋までに全量の納入を完了した。 CCSでは圧入井と呼ばれる送入口からCO2を地中深くに注入する。通り道となる二重の鋼管のうち、地層の倒壊を防ぐ役割がある外側の「ケーシング」には炭素鋼が、内側の「チュービング」にはハイアロイなどが使われることが多い。 いずれも継目無鋼管だが、CO2に直接触れるチュービングの方がより高い耐食性を要求される。CO2自体に腐食性はないが、水にCO2が溶け込むと酸性となり、鋼材の腐食を促してしまう。 実際、圧入するCO2ガスに水分が混じっていたり、圧入管の先端部から地層水が入り込んだりする事例は多いため、炭素鋼に比べて優位性を持つハイアロイなどの適用が増えている。 具体的にチュービングに用いられるのは、耐食性を高めるクロムの含有率が13%以上のステンレス継目無鋼管だ。20%を超すとハイアロイと呼ばれることが多い。明確な世界基準はまだ無いが、「北米など主要需要地では22%や25%が主流になりつつある」(高炉メーカー幹部)との指摘もある。 圧入井1カ所当たりのチュービング向けの鋼管使用量は、鋼管同士を接合するねじ継手も含め、50~100トンが標準的だ。複数の圧入井を掘ることもあり、プロジェクトによっては鋼材使用量が数千トンに及ぶ事例もある。 こうしたステンレス継目無鋼管は製造難易度が高いため、世界的に安定供給が可能なメーカーは限られる。日本の高炉大手2社は有力メーカーの代表格だ。 日本勢が強みを発揮できる背景には、長年にわたり石油・ガス開発向けで継目無鋼管の技術力を高めてきた歴史がある。CCSの圧入井は、油井やガス井と求められる機能がほぼ同等だ。やや乱暴な言い方をすれば「管内を通る流体の流れが逆なだけ」(メーカー関係者)で、蓄積してきた商品力を応用しやすい。 ハイアロイの供給で存在感を放つのが日本製鉄だ。製品の品位や豊富なメニュー、納期対応力で高い競争力を持ち、この分野の世界シェアは約7割に及ぶとみられる。 原料から最終製品まで自社での一貫製造にこだわり技術を磨いてきた。ハイアロイは材質が硬いため、通常の圧延機では歯が立たない。高温状態のビレットを穴型に高圧で押し込んで素管を造る熱間押出機が、一貫製造の肝の一つだ。 現時点で熱間押出機を持つ有力な競合他社はほぼない。鋼管専業大手の欧米テナリスや仏バローレックも保有しておらず、ハイアロイの素管は外部企業から調達している。一貫体制の日鉄はコストや品質で優位性を発揮しやすい。 CCSブーム 足元では世界的にCSの事業計画がめじろ押しだ。欧米や中東では「〝CCSブーム〟とも呼べる状況」(市場関係者)という。特に米国では、インフレ抑制法(IRA)の一環でCO2貯留への税控除が1トン当たり85ドルに引き上げられたことで、CCSの採算が改善。次々とプロジェクトが立ち上がっている。 国際エネルギー機関(IEA)がまとめた資料(24年3月時点)によると、米国のCCS案件は計画段階の案件だけで200件を超す。「資源メジャーに加え、新興企業が参画する事例も出ており、当局の許認可作業が追いつかないほどという」(鋼管関係者)。 日本の高炉メーカーや商社にビジネスチャンスが広がるのは、石油・ガス分野で信頼関係を深めてきた資源メジャーが主要事業者としてCCSをけん引していることもある。 例えば、昨年12月に最終投資決定が下された英国の「ノーザン・エンデュランス・パートナーシップ(NEP)」。英BPとノルウェーのエクイノール、仏トタルエナジーズの3社合弁によるプロジェクトで、英国東部の工業地帯から出る年間400万トンのCO2を輸送・貯留することを目指す。操業開始は27年の予定で、日本の鉄鋼関係者も注目する。 ほかに米国のエクソンモービルやシェブロン、英国のシェルなども複数の事業計画を推進。脱炭素移行期の投資先として、メキシコ湾沿岸や北海などでのCO2貯留能力確保や事業参画の動きを活発化させている。 CCSに用いられる鋼材は、ステンレス継目無鋼管だけにとどまらない。CO2輸送に用いる長距離パイプラインでは、薄板を母材に用いる電縫鋼管や厚板から造るUO鋼管も大量に必要だ。海底のパイプラインには継目無鋼管(炭素鋼)が使われる場合もある。 例えば、北欧の資源大手エクイノールが手がける北欧最大級の商用CCS事業「ノーザンライツ」では海底パイプラインの総延長が100キロ弱に達する見込みだ。鋼種や口径によって異なるが、パイプラインを1キロメートル敷設するのに必要となる鋼材使用量はおよそ100~200トン。総延長100キロメートルでは、合計1万~2万トンを使う計算になる。 日本でもCCS導入機運高まる 日本でもCCSの導入機運は着実に高まっている。 現在は実証実験にとどまるCCSの事業化に向け、昨年6月までにエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が支援対象となる9カ所の「先進的事業」を選定。いずれも発電所や製鉄所など複数の産業拠点から回収したCO2を船舶やパイプラインで移送し、国内外の海底下の帯水層や減退油ガス田に貯留することを目指す。 計画では、30年度をめどに事業化を推進。全ての実証案件が事業化に至るかは分からないが、鉄鋼メーカー幹部は「具体化すれば相当量の鋼管需要につながる」と期待する。 産業界の脱炭素化の切り札として、普及期に入りつつあるCCS。鋼材の新たな需要分野として今年の大きな注目点になりそうだ。