【GQ読書案内】職人と手仕事を考える──アルチザンにまつわる6冊
建設の職人たちのリアル
建築知識編集部『建設業者』(エクスナレッジ) 建設の分野は、他業種以上に職人の仕事が細分化、専門化されている。本書『建設業者』は、鉄骨鳶や非破壊検査技術者、解体工や型枠大工といった、ゼネコンなどの下請けとして働く職人から、宮大工、社寺板金のような伝統建造物の制作や修復に携わる職人まで。さまざまな技能をもって建設現場に携わる37の職種の職人に、ものづくりや人材育成、独自の仕事の流儀についてインタビューをしたもの。かつて、建築関係者のための月刊専門誌『建築知識』で連載されたが、当時ものすごく大きな反響があったそうだ。 建設業界は現在「2025年問題」などと呼ばれる、深刻な人材不足に直面しつつある。だからといって、貴重な技術に対する対価(工事単価)が上がっているわけでもない。景気の良かった時代とは違い、職人たちを取り巻く労働環境はどんどん厳しくなるばかりだ。10年以上前の当時も、登場する話し手たちのトーンはややネガティブで、現実に対する不満を話す場面も多い。 しかし「そうは言っても、まぁやるしかないんだけどさ」と、彼らが自分の仕事をおさめることを前提に、そして職人の矜持をもって、ものづくりや技術に向き合って話す言葉はとても魅力的だ。「現場をきれいにできない人間にこういう仕事をする資格はない」「優秀な左官工は必ず段取りと下地がいい」「畳屋とは信用で入る商売」など、その職人たちにしか語れない言いまわしには痺れるし、技術に裏打ちされたであろう仕事観を、幾度も垣間見ることができる。
絶滅してしまう手仕事
港 千尋『文字の母たち』(インスクリプト) 本にまつわる仕事をしていて思い浮かぶのは、活版印刷の職人たちだ。さまざまな「職人」や「手仕事」はいまやその多くが少数派であり、技能伝承が大きな課題になっている場合も多い。とりわけ活版印刷業は、絶滅危惧職とも言われている。 写真家、批評家の港千尋さんによる写真集『文字の母たち』は、世界でもっとも古い印刷所の一つである、フランス国立印刷所(パリ)が舞台だ。ガラモン体に始まるアルファベットをはじめ、楔形文字やヒエログリフ、ギリシア、アラビア、エチオピア、ヘブライ、ジャワ、チベット、そして漢字と仮名。さまざまな言語の活字が所蔵されている。グーテンベルクが発明した活版印刷技術を伝承し、近代から現代に至る活字書体の発展に、大きな影響を与えてきた場所であった。まさに閉鎖されようとするこの印刷所を訪れ(2006年閉鎖)、その活版金属活字の最後の姿をとらえながら、文字の伝播の歴史を繙いていく。神秘的な文章と美しい写真の数々からは、失われつつある伝統的な手仕事と、その最後の従事者たちへの敬意が滲み出る。 また後半では、日本における明朝体金属活字の一つ、秀英体を伝えてきた大日本印刷とその彫刻師の仕事なども同時に写し出される。はるか昔に西欧から伝播した技術が日本に根づき、漢字や仮名が活字という物質となって、また西欧の活版印刷所に伝わっていく。『文字の母たち』で浮かび上がったのは、活字に凝縮された技術や手仕事が、国や時間を超えて交流していくさまだ。技術には、隔たりを超えて訴える強さがあると、あらためて感じた。