【GQ読書案内】職人と手仕事を考える──アルチザンにまつわる6冊
編集者が塗師になるまで
赤木明登『漆 塗師物語』(文藝春秋) 職人といえば、どんな仕事を想像するだろう。大工や左官、鳶など建築関連。寿司やパン、飴細工、日本酒杜氏など飲食関連。現在さまざまな分野に「職人」がいる。しかし、特に日本では、木工家具や地域ごとの陶芸、布地、人形制作といった伝統工芸や民藝に携わる人たちのイメージが強いのではないか。 『漆 塗師物語』は、かつて雑誌編集者だった赤木明登さんによる、塗師(ぬし。漆塗りの細工や漆器制作に従事する職人のこと)への転身をつづった自伝だ。赤木さんは23歳のとき、都内の美術展で角偉三郎さんの漆塗りの椀や鉢、重箱などの作品に出合い、27歳で仕事を辞めて輪島へ移住し、職人修行を開始した。「漆のことは知らなかったし、見たこともなかった」という赤木さんが、瞬時に心を奪われた漆器の世界に飛び込み、漆と格闘しながら、漆器の美しさや輪島塗の奥深さに引き込まれていくさまが、日常と地続きの読みやすい文体で描かれていく。 一人のひとが工人になるまでだけでなく、漆器はそもそもどのように出来上がるのか、輪島塗の昔といま置かれている状況、木地屋など輪島塗に携わる他の職人たち、作品販売や展覧会のリアルな様子など、この1冊の中で現代の「職人」が多面的に語られていて、とても興味深い。
名作と呼ばれる椅子を探る
西川栄明/坂本 茂『名作椅子の解体新書』(誠文堂新光社) 現代において、椅子をはじめとする家具は、デザイナーや木工職人といった技能・職能に加え、生産や流通というシステムも大きく関わるものづくりの分野だ。本書『名作椅子の解体新書』は、タイトル通り、古今の名作と呼ばれている椅子、著名なデザイナーがデザインした椅子など18脚を、解体あるいは組み立てるなかで、部材やその接合方法、張地、座編みなどの工程を詳細に紹介しながら、その椅子が名作と呼ばれるゆえんを探っていく。強度を担保する構造や造形の美しさに加え、部材を減らしたり簡易にしたりする生産都合を見越した工夫に対しても、丁寧に目が向けられている。 ものを一からつくることと等しく、家具や楽器、美術品など、ひとの仕事を読み解いて修復を施すことも、職人の仕事の領域だ。自分が未熟であれば、新しいものを無理くり考案するより、完成された作品を解体して構造を直視することや、壊れたものを元の姿に修理することで得られる理解のほうが大きいだろう。それを完全なレベルで行えるとすれば、それ自体がもはや立派なクリエイティブとも呼べる。「確かな品質の椅子ならば、修理して再生できることを知ってほしい。修理しやすいこと、あるいは修理できることが名作の条件のひとつ」だという。椅子に限らず、一般の制作物と職人の仕事作品との違いは、まさにそこにあるのだろうか。