コロナ禍で閉店も同じ場所で再挑戦 料理と家具でもてなすレストラン
東京五輪で、英国選手のために日本食をふるまった
当初の予定より人数や規模も縮小することに対し、どう感じたか。 入江氏:当初は選手だけでなく、コーチやトレーナー、関係者など、1日1500人ほどが訪れることを想定していた。規模が大きいために、料理の仕込みの大半はセントラルキッチン機能を持つケータリング会社と提携し、仕上げは当店でやる段取りだった。 しかし、実際は来客数が1日200人まで減ったため、全て自分たちで対応した。さらに、英国チームから「選手が行き来できるのは、競技場と選手村とホテルのみで、観光や外出が一切できない。可能な限り日本のソウルフードを提供してほしい」という要望があった。そこで、日本食のすしやうどん、たこ焼き、天丼、牛丼、カツ丼、親子丼などをふるまった。 和食の料理人ではないから大変だったのでは。ただ、入江氏が作る日本食も間違いなくおいしいだろうから、食べてみたい。 入江氏:特別に凝ったモノは作っていない。選手が滞在できる時間は、1~2時間ほど。競技や試合が終了して、食事制限をしなくてよくなったおなかを空かした選手たちに、オーダーしてから5分程度で待たさずに提供することに力を注いだ。ただ食事を取った皆さんが笑顔になっていたから、満足はしてもらえたと思う。コロナ禍でたくさんの制限があった中、このホスピタリティハウスが憩いの場になったのはうれしい。 英国のメダル獲得数は、開催国の日本に続く4位だった。「試合が終わったら、ホスピタリティハウスでおいしい日本食が食べられる」という効果もあったのでは。 入江氏:少なからず、貢献できたならこの上なく光栄だ。東京五輪に関われたことは、料理人人生の中で大きなターニングポイントになった。 すばらしい実績を積んだのになぜ、ARBORは閉店したのか。 入江氏:実は上のフロア(3階)と連動して進めていたビジネスプロジェクトの中核企業がコロナ禍で倒産を余儀なくされたため、ARBORのオーナー会社の判断で22年2月28日に閉店した。最終日は、入り切れないほどのお客様が集まってくれた。レストランとして採算はとれていたので、閉店は正直残念だった。 そこから約2年。なぜ新たにお店をオープンすることになったのか。 入江氏:ARBOR閉店後に、別の場所で新店舗のオファーをたくさんもらった。しかし、あの場所でまた店をやりたいという気持ちがずっとあり決めかねていた。 23年5月、外出などについて法律による行動制限がなくなり、外食業界にお客様が戻ってきた。そんな中、23年8月に、ARBORのオーナー会社から電話があり、「跡地はまだ手放していない。内装もそのまま残してある。新たにSTELLAR WORKSの展示というコンテンツを導入する。志半ばで閉店したレストランのリベンジを一緒にしないか」と声がかかった。 その話を聞いてどうだったか。 入江氏:驚いたし、大変うれしかった。そして、“思い続ける大切さ”を感じた。 話はそれるが、服部栄養専門学校の卒業旅行で初めてフランスに行ったとき、ピエール・ガニェールのフレンチ料理を食べて感動した。卒業文集には「10年後、ピエール・ガニェールと仕事をする」と書いた。その後、渡仏している3年の間、毎日ピエールに手紙を書いたが返事はなかった。 帰国後、服部学園から「ピエールが東京にフランス料理店を出店するに当たり、日本人シェフを探している」という情報をもらった。面接を受け、シェフとして採用された。 ピエール・ガニェール・ア・東京では、フランス人の料理長と日本人の料理長を設けているのだが、自分が日本人の料理長として選ばれた。卒業旅行からちょうど10年後の出来事だったので、思い続けると夢がかなうことを、このときに学んだ。 今後の展望を聞かせてほしい。 入江氏:少し前までは、「有名になりたい」「星を取りたい」と、料理に対してストイックでガツガツしている部分があった。しかし東京五輪・パラリンピックに関わってから、料理のカテゴリーなどの概念にとらわれず、料理人は「どんな状況になっても料理を作れる」「料理を提供できる」ということを改めて実感した。祖父が上京前に言っていた「料理人は、どんな時でも食いっぱぐれない」の意味がようやく分かったような気がする。 それだけに、今は料理をできることに心から感謝しつつ、前に進んでいけると確信している。キッチンにこもるのではなく、お客様と対面してお話をして、皆さんがどんな料理やホスピタリティを求めているかを感じ取る。この空間でジャズの音楽を流して、心地よさを感じてもらい、それにマッチする料理とお酒を用意する。料理だけではなく、それを含む空間を総合的に見られる広い視野を持っていきたい。それが僕たちの目指すSTELLAR WORKS Restaurantの形だ。 ●取材を終えて 大変明るくて、ムードメーカーである入江氏。周りのスタッフやお客さんを巻き込んでいく、人が集まるパワーを感じさせてくれる料理人だ。STELLAR WORKS Restaurantを成功させて、コロナ禍のリベンジを果たしてほしい。
SHiGE