【バドミントン】福島由紀&廣田彩花が正式にペア解消を発表、ともに現役は続行 「パリ五輪後に、区切りをつけようと話をした」(福島)
バドミントン日本代表女子ダブルスの福島由紀、廣田彩花(ともに岐阜Bluvic)が13日、活動拠点の丸杉アリーナで記者会見に臨み、ペア解消を発表した。パリ五輪の出場権獲得レース最終戦だった4月のアジア選手権で福島が「私たちが国際大会に出るのは最後になる可能性もある」と話していたが、正式にペアを解消することとなった。ともに選手生活は続ける意向だ。 福島は、24日に開幕するマカオオープン(BWFワールドツアースーパー300)にチームメートの宮崎淳美とペアを組んでエントリーしているが、長期的な展望については未定。廣田は、7月に左ヒザ前十字じん帯再建の手術をしてからリハビリを続けており、復帰をめざすことを明らかにした。以下、記者会見における2人の発言の要旨。 福島 こんなに集まってもらえると思っていませんでした。ありがとうございます。ペア解消の会見ですけど、思い出を振り返っていければと思います。12年間は、結構長いなと、振り返りながら思っていました。楽しいことも苦しいこともありましけど、廣田と12年間やれて、すごくよかったと今は思っています。やっぱり「フクヒロ」は、いろいろな方に支えられてやってきたと思うので、それは言いたかったですし、ありがたい気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。 廣田 本日は、お忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます。福島/廣田は、ペアを解消することになりました。福島先輩とともに過ごしてきた時間は、私にとって忘れることのできない時間だったと思います。悔しい思いも、苦しい思いもたくさん経験してきて、その分、うれしい思いもさせてもらえました。きついことも多かったですけど、乗り越えてこられたのは、福島先輩と(一緒)だったから。自分のケガがあり、迷惑をかけた部分も多かったですけど、ここまで一緒に戦ってもらったことに、ありがとうございますという気持ちでいっぱいです。自分が続けてこられたのも、たくさんの温かい応援があったから。私に関わってくださった方のサポートがあったから。これからは、お互いに別々の道に進みますが、今後を温かく見守って、応援していただけるとうれしいです。 ――ペア解消の経緯は? 福島 パリ五輪のレースが始まる前から、廣田とも話して、そのときに、パリまでというのは決めていました。まず、五輪が終わった時点で、どうしようかなというのは考えていましたし、自分の中で区切りをつけたいという思いがあったので、廣田に、ちゃんと区切りをつけようかという話をさせてもらいました。話したのは、パリ五輪が終わってからです。直接話せればよかったのですが、廣田がリハビリで東京に行っていたので、私が電話をしました。 廣田 2人でパリ五輪をめざしてやってきた中で、レースの途中で私がケガをしました。でも、最後までレースを2人でやり切って、結果としてパリに行くことはできませんでしたが、そこまでしっかり2人でやれたことが大きかったと思います。ペアの解消にあたっては、自分も区切りとして、今後に向けてやっていくというところで、モヤモヤした気持ちはスッキリして、2人でまた進んでいけたらと思いました。 ――苦しかったこと、楽しかったことは? 廣田 入社して福島先輩と組めると思っていなかったところからスタートしました。日本代表に入ったり、代表に入っても勝てなかったりした時期もあり、苦しい場面は多かったです。私は、性格的にネガティブになりがちでしたが、福島先輩に引っ張って行ってもらったおかげで、自信がない中でも、自分でもできると思いながらやっていました。勝った時はうれしいですけど、その一瞬のために、毎日、羽根を打ってトレーニングをして、苦しいこともたくさんあるという繰り返しを経験して、成長できた部分がたくさんあったと思います。 福島 一番、悔しかった試合は、やっぱり、世界選手権で3回準優勝。うれしかった試合は、全日本総合で初めて優勝したとき。苦しいときの方がすごく多かったと思いますが、2人だけでやってきたというより、スタッフもそうだし、サポートしてくれる方も一緒。五輪レースも、五輪もそうですけど、一緒に戦えたところが、私にとっても大きかったです。それが一番うれしいかもしれないです。欲を言えば、パリ五輪も。一緒に戦ってきたので(出場できず)悔しいなとは思いますけど、今まで一緒に戦ってこられたことは、私にとっても大きいし、誇り。残念だなと思うのは、東京五輪で無観客だったところ。心残りだなというのはあります。 ――廣田選手は、大会の思い出は? 廣田 私も、全日本総合の初優勝は、すごくうれしかったです。総合を優勝することを目標にやってきて、初めて優勝できて、勝ってうれし涙を流したのは、その試合だけかなと記憶にあります。