『市民ケーン』映画史に輝く傑作を手がけた、若き天才クリエイターの映画術
『市民ケーン』あらすじ
新聞社やラジオ局、その他多くの事業を展開する、巨大なコングロマリットを所有する大富豪チャールズ・フォスター・ケーン。彼は老いてのち壮大な邸宅で、「薔薇の蕾(バラのつぼみ)」という謎の言葉を遺し息をひきとる。新聞記者トンプソンは、そんな大物ケーンの実像を捉える記事を書くべく、「薔薇の蕾」の謎を解こうと関係者たちへの取材を始める。
「誰もが認める史上最高の映画を一つ挙げろ」と問われた映画ファンが、まず第一にイメージする一作といえば、オーソン・ウェルズ監督・主演の『市民ケーン』(1941)ではないだろうか。これまで、数多くの批評家、映画監督、そして映画を愛する観客に支持されてきたことはもちろん、「オールタイム映画」のアンケートを取れば、かならず上位にランキングされ、何度も一位を獲得してきたタイトルなのだ。 いったい、なぜこの作品は、こんなにも名声を得て、崇拝とすらいえるほどの評価を受けてきたのだろうか。ここでは、その理由を紐解いていくのと同時に、独自の視点からも本作『市民ケーン』の真価に迫ってみたい。
25歳の天才クリエイター
驚くことに、『市民ケーン』は、オーソン・ウェルズが25歳のときに撮った一作である。まだ短編作品と劇場未公開作一本しか手がけたことがなく、実質的には本作が長編第一作となる、俳優であり舞台演出家の若者によって、映画界で最も信奉されている作品が生み出されたのだ。 ハリウッドの大手映画会社RKOは、キャリアのほとんどない若手監督としては異例ながら、本作の製作について多くの権限をウェルズに与えたのだという。それは、複数の舞台やラジオ番組などで、センセーショナルな成功を得た天才クリエイターとして、彼がすでに知られていたからだろう。ウェルズには、芸術、興行の分野において変革を与える資質がすでに発揮されていたのである。かくして、彼の卓越したイマジネーションと革命的な野心は、一つの映画作品に注がれることとなった。 とはいえ、ウェルズが映画監督として経験不足だったのは紛れもない事実。その不足を埋めるべく、彼は短期的にニつの映画作品を研究し、演出の技法を学びとっている。その一つが、ドイツ映画『カリガリ博士』(1919)だった。 『カリガリ博士』を初めて観た者は例外なく、その特異な映像に驚くことになるはずだ。ドイツ表現主義の代表的映画として知られているこの作品では、あえてリアリズムが度外視された美術が施され、画面内に登場する壁やドア、窓などが奇妙に曲げられ、奇怪な雰囲気を醸成し、一種の哲学的な意味合いを映像そのものに与えているのである。 このような現実ばなれした美学的な光景や思わせぶりな趣向は『市民ケーン』ではケーンが巨大な財力によって築いた豪邸「ザナドゥ」や、図書館、病院のシーンなどで堪能できる。ちなみに、この「ザナドゥ」の描き方は、サスペンスの帝王であるアルフレッド・ヒッチコック監督のハリウッド進出作『レベッカ』(1940)に登場する大邸宅「マンダレイ」を参考にしたともいわれる。 そしてもう一つ、ウェルズが研究した作品は、巨匠ジョン・フォード監督の『駅馬車』(1939)である。この作品もまた、後世に大きな影響を与えたマスターピースとして知られている。ウェルズは、これを「完璧な教科書」だとして、映写室で40回も繰り返し鑑賞し、フォードの卓越した構図や演出技法を学んでいるのだ。