テレンス・ブランチャードが語るウェイン・ショーターへの敬意、見過ごされてきた「黒人とオペラ」の歴史
トランペット奏者/作曲家のテレンス・ブランチャード(Terence Blanchard)による11年ぶりの来日公演が、9月2日・3日に丸の内コットンクラブ、4日にブルーノート東京で開催される。 【画像を見る】ローリングストーン誌が選ぶ「歴代最高の500曲」 テレンスといえば、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズで頭角を現し、ドナルド・ハリソンとの双頭バンドでブレイク。その後は『ブラック・クランズマン』などスパイク・リー監督の映画音楽を手掛けてきた。また、ブルーノートと契約してからの2000年代以降はハイブリッドなサウンドを試しながら、積極的に若手を起用し続け、自身のバンドからロバート・グラスパー、デリック・ホッジ、リオーネル・ルエケなど多くの才能を輩出してきた。 現時点の最新作は2021年の『Absence』。ウェイン・ショーターへのオマージュ・アルバムで、弦楽四重奏団タートル・アイランド・カルテットとのコラボにより、ショーターの楽曲をカバーし、彼に捧げるオリジナル曲を演奏している。 今回の来日公演では自身のエレクトロニック系バンド「E-コレクティブ」に加えて、上述したタートル・アイランド・カルテットも伴う豪華な9人編成で登場する。そこでこの取材でも、昨年3月に亡くなったショーターへの想いをまずは語ってもらった。 また、近年のテレンスはオペラを通じて大きな注目を浴びている。世界最高峰のオペラシアターとして知られるニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(以下MET)で2021年に上演された、史上初のアフリカ系アメリカ人作曲家によるオペラ『Fire Shut Up in My Bones』を手がけると、2023年にも『チャンピオン』をMETで上演している。 この2作はアフリカ系アメリカ人によるオペラというだけでなく、人種問題、経済格差、セクシャリティなど、様々なテーマを扱ったことでも高い評価を得ている。そこで今回の取材では、同性愛者であり、試合中に対戦相手を殺してしまった悲劇の天才ボクサー、エミール・グリフィスの伝記を基にした『チャンピオン』の話を中心に、オペラの世界での活動についても話を聞いている。アフリカ系アメリカ人とクラシック音楽との関係についても言及された、かなり貴重な記事になったと思う。 * ーまずは『Absence』のコンセプトを聞かせてもらえますか? テレンス:ウェイン・ショーターにラヴレターを送りたかったんだ。どれだけ僕らが愛しているかを彼が生きてるうちに伝えようと……でも、そこまで症状が重かったとは思いもしなかった。トリビュートは誰かが世を去った後に行われることが多いが、それはしたくなかった。実際、アルバムに参加したメンバーたちとウェインの家まで行き、いろんな話をして一日過ごした。僕は何年も彼を知ってるが、会うのが初めての連中からは「ウェインに紹介してくれてありがとう」と感謝されたよ。それくらいみんな気持ちが昂ってた。完成したCDを渡し、聴いてもらうこともできた。僕らとしてはただウェインに「ありがとう」と言いたかったんだ。 ーウェイン・ショーターには偉大な側面がいくつもありますが、どんな部分を称えたかったのでしょう? テレンス:大変だったのはまさにそこだ。一枚のアルバムに収めなきゃならなかったことさ。ウェインの偉業を考えたら、シリーズ化するとか、何枚かのアルバムじゃなきゃ無理なわけで。ごく初期の若かりし日から、アート・ブレイキーやマイルス・デイヴィスとの時代、ウェザー・リポート、そしてソロ……。ウェイン自身は「自分は進化し続ける一つの長い音楽のようなものだ」と口にしていたが、その中で一貫してるのは、美しいメロディと物語を語るドラマの感覚だ。僕がウェインを愛してやまない理由の一つは、常識にとらわれないコード進行とメロディアスな曲を結びつける方法を知っていたから。それが全く新しいサウンドや、即興という意味だけでなく、作曲に関する新しいアプローチをもたらしたんだ。 ー今おっしゃった、ウェイン・ショーターの常識にとらわれないコードとメロディを結びつける方法にあなたも影響を受けたと? テレンス:そりゃもう(笑)。その影響はオペラを書くようになって余計に感じたよ。子供の頃から、父が家でかけるオペラやクラシックを聴いて育ったことは僕のメロディのコンセプトに大きな役を果たしたが、ウェインときたら……彼は優れたボクサーと一緒。ジャブ、ジャブ、ジャブ……と仕掛け、またジャブだと思わせておいて、突然それまでとは違う手を使ってくる。彼のそういうところが大好きでね。 初期の「Adam’s Apple」を聴くと、すでにメロディをマッシュアップしたり、反転させたりしながら、シンプルでロジカルなサウンドを作っている。そこが重要な点だよ。僕が学校で教えていた頃、いろんなことを生徒に教えたが、「(ウェインの作曲法のように)それが理に叶い、意味を持っているかが重要なんだ」と強調したよ。ウェインがやったいろんなことは、ただ無闇に意味なくやってたのではなく、それが彼の心の中の物語を語るツールだったんだ。 ー作曲の観点から特によく聴いた、もしくは研究したウェイン・ショーターの曲はありますか? テレンス:全部さ! だって、たとえば後期の曲である「Three Marias」(1985年の『Atlantis』、2018年の『Emmanon』に収録)に即興演奏はないが、5分もの間、様々な方向に進むから、一瞬たりとも気を抜くことができない。でも「Adam’s Apple」の入ってるアルバムに遡って聴くと、あんな初期の録音から、そのアイディアの痕跡がすでにあるんだ。つまり、ウェインは生涯を通じて、それを内面に抱えていたということさ。 ーショーターの即興演奏に関してはどうですか? テレンス:音の選び方だね。いつも驚かされるのは、彼が即興で演奏する音はすごく異質で、聴きなじみのない音に聴こえるんだが、よく考えると実はそうでもなくて、ソロのどこに音を配置するかでそう聴こえるんだよ。これはウェインが「人が聴き慣れた音」が何なのかを理解しているから為せる技だ。つまりを「人が聴き慣れた音」を避けることができるから。「俺はこれをやらない。俺はこっちをやる」とね。 何年も前だが、ハービー(・ハンコック)のバースデイライブのリハーサルでも、彼のやってることが誰も聴いたことのないことすぎて、皆が驚かされていたのをよく覚えている。それでいて、ジャズのトラディションに深く根ざしているのが彼の素晴らしい点だ。ただ風変わりなことをしようとしてるんじゃない。違う表現の仕方を探す結果としてなんだ。 ー『Absence』に収録された「I Dare You」はウェインに捧げたあなたの自作曲です。これはウェイン・ショーターとどう繋がっているんですか? テレンス:あれは生徒に「いかに2音だけで丸1曲をアレンジができるか」をデモンストレーションするために書いた曲なんだ。聴けばわかる通り、メロディは2つの音の繰り返しや反転だ。ベースラインも2つの音のパターンで成り立っている。つまり限界は脳の中にしかない、ってことを示したかったんだ。 時々僕は学生たちに「30分で1曲を書く」というドリルを出す。考え過ぎずに書き上げることを実践する意味でね。ところがそれを自分でも実践しなければならなくなった。「I Dare You」のストリングス部分があるだろ? あれはレコーディング当日の朝に「イントロが必要だ」って思いつき、すぐに書いて、スタジオに持っていったんだよ。「I Dare You」というタイトルはウェインが「ジャズとは何か?」と聞かれ「ジャズは”I dare you”(私はお前に挑戦する)だ」と答えたことからつけた。ウェインにとってのジャズは「お前に挑戦する」なのさ。