Y.S.C.C.横浜・田村佳翔が最後に過ごした幸せなアディショナルタイム【人生に刻むラストゲーム|Fリーグ 】
今から約1年前。ボアルース長野に所属していた田村佳翔は、2022-2023シーズン限りでの現役引退を決めていた。しかし、地元・神奈川に戻ることが決まり、第二の人生の準備を始めようかという矢先に届いた、1本のオファー。それは、フットサルの神様が田村に用意した、幸せなアディショナルタイムの知らせだった。 取材・文=福田悠
旧友経由で届いた、思いもよらぬ獲得オファー
「終わっちゃいましたね!今日が最後になって寂しいですけど、町田が強かった!YSもめっちゃおもしろいフットサルをしてたと思うし、みんなで一つになって戦えたので、この結果を受け入れたいと思います」 全日本フットサル選手権大会ベスト8敗退直後の取材エリアに、田村は晴れやかな表情で現れた。本音を言えば、決勝戦まで勝ち進み、1日でも長くフットサル選手でいたかったという思いもあるだろう。しかし、その悔しさを遥かに上回る充実感に満ちた表情が、そこにはあった。それもそのはず、Y.S.C.C.横浜で過ごした現役最後の1年は、フットサル選手・田村佳翔にとって、元々は存在しないはずの時間だったのだ。 2023年2月、駒沢体育館で行われたFリーグディビジョン1・2入替戦。田村が所属していたF112位ボアルース長野は、F2王者・しながわシティに連敗を喫し、無念の降格が決まった。その第1戦の前日、筆者は長野の選手たちが宿泊していた六本木のホテルのロビーで、田村に話を聞いていた。 「残留しても降格しても、今シーズン限りで引退する予定です」 その表情を見れば、それが大袈裟に言ったセリフでないことは明らかだった。田村は確かに、2022-2023シーズン限りでの現役引退をほぼ決めていた。 長野で過ごした3年は、田村にとっても、またチームにとっても苦しい3年間だった。長野はF1に昇格後、毎シーズン最下位に低迷。2021-2022シーズンは入替戦での奇跡の残留劇が注目を集めたが、田村が在籍した3年間のリーグ戦で勝利できたのはわずか8試合。ベテランの一人だった田村も何とかチームを浮上させようと奮闘したが、思い描いた結果を残すことはできなかった。苦しみのなかで得たものももちろんあったが、一方で限界も近づいていた。年齢、環境、仕事も含めた諸々の状況を総合的に判断し、田村は地元・神奈川に戻ることを決断した。 2月下旬、田村は長野の選手として戦う最後の全日本選手権に向け、トレーニングを続けていた。そんなある日、フウガドールすみだ時代にともにプレーしたゴレイロ・矢澤大夢から連絡が入った。 「鳥丸(太作)監督が獲得に興味を持っているので、選手権が始まる前の週の月・火の2日間でYSの練習に来れないか」 苦楽をともにした旧友経由で届いた、思いもよらぬオファー。一度は引退を決めていた田村だったが、唯一獲得に興味を示したクラブが地元・神奈川の、それも生まれ育った川崎市のすぐ隣の横浜のクラブだったことから、にわかに現役続行の可能性が出てきた。仕事やその他諸々の調整も奇跡的に見通しが立ち、熟考の末、長野に事前承諾を得た上でY.S.C.C.横浜の練習に参加。プレーを見た鳥丸監督から、改めて獲得の意志を伝えられた。かくして、2023年3月で幕を下ろすはずだった田村のキャリアに、1年の追加公演が決まったのだった。