「シャドー・トレーディング」は違法なインサイダー取引か?
特定の上場会社に関する重要な未公表情報を入手した者が、当該会社の株式等を取引する行為は、違法なインサイダー取引として規制されている。例えば、上場会社甲社の社員が、甲社が同じ業界の大手企業乙社によって買収されることになったという事実を知って、当該事実が公表されれば値上がりすることが見込まれる甲社の株式を買付ければ、違法なインサイダー取引の典型例として処罰されるだろう。 しかし、このほど米国では、甲社が乙社によって買収されることを知って、甲社ではなく、別の上場会社丙社の株式を買付ける行為も違法なインサイダー取引となり得るという判断が、裁判所で示された。
インサイダー取引と認定されたシャドー・トレーディング
2024年4月5日、カリフォルニア州北地区連邦地方裁判所で審理されている証券取引委員会(SEC)がマシュー・パニュワット(Matthew Panuwat)氏を相手取って提起した訴訟(注1)(以下、本件訴訟)において、被告パニュワット氏(以下、P氏)が自分の勤務先であったバイオ製薬会社メディベーション(Medivation)社(以下、M社)が、大手製薬会社ファイザーによって買収されることになったという未公表情報をM社CEOからの電子メールによって知り、M社の同業他社であるインサイト(Incyte)社(以下、I社)の個別株オプションを買付けた行為が、違法なインサイダー取引にあたるとする評決が陪審員団によって下されたのである。 米国では、特定の上場会社に関する重要な未公表情報を入手した者が、インサイダー取引規制の適用を回避するために、当該会社の株式等ではなく、当該会社と経済的にリンクしている他の上場会社の株式等を取引して利益を得る行為が横行しているとの指摘があり、「シャドー・トレーディング(shadow trading)」と呼び習わされている。シャドー・トレーディングは、例えば業種別株価指数と連動する上場投資信託(ETF)の売買などで行われているとの指摘があったが、裁判所で違法行為に該当するという認定がなされたのは、本件訴訟が初めてである。 なお、米国では、日本と同様にインサイダー取引を行った者が刑事訴追され、懲役刑や罰金刑を科されることもあるが、本件訴訟のように、SECが民事制裁金の支払いや将来にわたる違法行為の差し止めを求める民事訴訟を提起するという形で、インサイダー取引に関する責任追及が行われることも少なくない。