人類はなぜ”ガン”から逃れることができないのか…非情なる「適者生存」のプロセスに従うしかない「進化」の過程
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 長谷川圭 高知大学卒業。ドイツ・イエナ大学修士課程修了(ドイツ語・英語の文法理論を専攻)。同大学講師を経て、翻訳家および日本語教師として独立。訳書に『10%起業』『邪悪に堕ちたGAFA』(以上、日経BP)、『GEのリーダーシップ』(光文社)、『ポール・ゲティの大富豪になる方法』(パンローリング)、『ラディカル・プロダクト・シンキング』(翔泳社)などがある。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第10回 『ヒトに“心臓”がある理由を知っていますか?ノープランで進行する“自然選択”によって決定づけられた人類の「進化」』より続く
「性選択」とは
自然選択だけが集団の構成に変化を促す唯一のメカニズムではない。偶然の遺伝的変異以外に、性選択〔訳注:性淘汰。ライオン、クジャクなど、雌雄で異なる動物の進化についてダーウィンが述べた説〕も重要な役割を果たす。性選択が自然選択の変形であるかという点については、まだ議論が続いている。 性選択の過程では、生物の生殖が成功するかどうかは自然と決まるのではなく、異性の気まぐれに左右される。 しかし、性選択ほど、一見極めて単純であるように見えながら頻繁に誤解されている学術用語は、ほかにほとんど存在しないだろう。 順応や適応という概念は、環境の作用が既存生物の表現型に変化を引き起こすというジャン = バティスト・ラマルク的な誤解を招きやすい。 この考えに従えば、たとえばキリンの首はとても高い木の葉を食べようとがんばっているうちに伸びたことになる。しかし、後天的な特性は(エピゲノムが関係するごくわずかな例を除いて)継承できず、そして特定の性質はそもそも後天的に獲得されることもないという2つの事実が、この考えを否定している。そして何より、進化を個体に作用する過程と想定することが、そもそも間違っている。 実際には、進化は集団統計の観点から理解すべきで、世代を超えてある集団における特定の形質の分布が変化することを意味する。 要するに、ある形質の発生率が世代から世代へどう変化するかが問われる。首の長いキリンが子孫を多く残せば、次の世代では首の長いキリンの比率が増える。
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