「いつまでもお元気でいておくれやす」…27歳の妹、毎日7000歩を歩く92歳姉を思う贈り物 【花街を生きる】晩秋<4>
宮川町で最年長の 芸妓(げいこ)・ 多栄(たえ)は9月に92歳の誕生日を迎えた。「妹」の 多栄之(たえの)(27)は「姉」への贈り物に、スマートウォッチ(腕時計型端末)と、2人が笑顔で納まる写真を入れたフレームを選び、「いつまでもお元気でいておくれやす」と記した手紙も添えた。
スマートウォッチは歩数を計測する機能付きだ。多栄は毎日7000歩を歩き、体力を養う。写真立ては、自宅のタンスの上に飾っている。
翌月、多栄は大阪・南地の芸妓時代に締めていた帯を多栄之に渡した。「私には派手になったから。良かったらお稽古の時にでもつこて」
帯は多栄が30歳を過ぎた頃、大阪で購入した。幾何学模様のモダンな意匠は、華やかな雰囲気の「妹」に似合うと考えた。多栄之は「姉さんがつこてはったものなら、なおのことうれしおす」と宝物にする。
多栄之は芸妓になる1年前の2021年11月からお茶屋兼置屋「駒屋」に住み込みで修業を続ける。衣装や稽古着は 女将(おかみ)の駒井文恵(80)が季節に応じて用意してくれる。多栄之は着物と帯の組み合わせや芸妓にふさわしい着こなしを、駒井や先輩芸妓らから学んでいる。
京都の花街では、一般的に舞妓からデビューする場合は通算6~7年、芸妓からの場合も数年の住み込み生活を送る。その後は、置屋から出て自活する「自前」と呼ばれる芸妓になる。定年はなく、生涯を通じて芸とおもてなしを洗練させていく。
多栄之にも、いずれは自前の芸妓になる時期が訪れる。自前になれば、自力で着物や帯をそろえることになる。
多栄はそんな将来を見据え「ええおべべ着てへんと、ええところには寄せてもらえへんから」と伝えている。芸妓は芸事はもちろん、たたずまいも一流でなければならないという教えだ。
多栄は、戦後から高度経済成長期にかけて、大阪・南地の芸妓を20年余り務め、宗右衛門町にあった老舗料亭「南地大和屋」の宴席にも呼ばれた。作家の司馬遼太郎や落語家の桂米朝も通った名店で、政財界の重鎮や文化人が集った。そんな場に出る芸妓は「一生懸命お稽古して芸事もできるし、お座持ち(接遇)もええし、着物もええ」。