主庭（手前）の奥に広がる邸宅「百合野山荘」

　かつて日本の産業を支えた筑豊炭鉱の「御三家」の一つ、貝島家ゆかりの邸宅「百合野山荘」が、福岡県宮若市にある。敷地面積はみずほペイペイドーム（福岡市）の1・2倍超に当たる約9万平方メートル。完成から100年を超える大規模邸宅や、歴史的逸品…。2日、国指定名勝庭園がある県内6市町の連絡協議会による山荘視察に同行し、広く知られていない炭鉱遺産の威容に目を見張った。 【写真】現存最古の可能性がある日本製の車椅子 　百合野山荘は木造平屋で一部2階建て。貝島一族9家の邸宅で唯一当時の姿のまま残っている建物だ。正面玄関を入ると、すぐ脇の一室に木製の車椅子があった。 　「日本製の車椅子の歴史が変わるかもしれません」。貝島家住宅文化財調査委員会の事務局「百合野山荘調査・分析スタッフの会」の辻浩史代表が切り出した。木製車椅子は1933年に購入された記録が残るが、現在、日本の車椅子の存在を示す記録は37年が最も古いという。 　隣室の「西洋館」と呼ばれる応接間に置かれているピアノは、ヤマハの前身に当たる会社が製作したとされる自動演奏ピアノ。国内で確認されている3台のうちの一つという。2階の一室の押し入れには貝島家に贈った桂太郎が書いたと伝わる額も。財力を象徴する逸品の数々に参加者とともに足が止まった。 　　　　　　■ 　玄関から左側の接客空間には、本座敷・大広間や応接の西洋館、宿泊を想定した奥座敷、茶室などが備わる。一方、右側の生活空間を進むと、中庭を挟んで貝島家の家族が暮らした居間や食堂、炊事場、土蔵が連なっていた。邸内は、長い廊下でつながれた大小の部屋が不規則に並び、どこにいるのか分からなくなるほど広い。 　調査委がまとめた報告書は、接客、生活の両空間の明確な分離は計画性に優れており、百合野山荘が筑豊炭鉱の経営者住宅として極めて重要と評価している。 　この大規模邸宅と、周囲の庭を含めた「台地部」は全体の約3分の1。残りの「谷部」「山部」には乳牛の放牧地の他、現在も梅園、長さ90メートルの竹林道、慰霊碑がある。山頂には貝島炭砿（たんこう）の主力だった大之浦炭鉱を見渡す展望所跡が残る。 　山荘の広大な敷地は、炭鉱経営者の庭園を持つ「旧伊藤伝右衛門邸」（福岡県飯塚市）や「旧蔵内邸」（同県築上町）の10倍を超える。視察に参加した町職員男性は、百合野山荘について「歴史的価値のポテンシャルがかなり高い」と興奮した様子だった。 　　　　　　■ 　地元の宮若市では有志でつくる「貝島百合野山荘の保存と活用を考える市民の会」が、完成から1世紀を経た筑豊の炭鉱遺産を次世代に継承しようと、粘り強い取り組みを長らく続けている。本年度は、百合野山荘の国重要文化財指定に向けた2万人署名などを実施する方針だ。 　「引き続き、山荘の価値を理解してもらう活動を諦めずに続ける」。原田正彦会長は8月の総会で、3月末現在1330人の会員数を増やしていくと決意を述べた。2020年6月から毎月1回行う清掃ボランティアも地道に継続する。 　11月中旬には、紅葉の見頃に合わせた見学会も計画中だ。筑豊炭鉱の価値ある遺産を間近で見られる絶好の機会。ぜひ足を運んでみては。詳細は市民の会＝0949（33）4080。　（吉丸宣孝）

百合野山荘

　1976年に閉山した貝島炭砿の関連施設。16（大正5）年、創業者・貝島太助の弟六太郎邸を引き継いだ2代目社長栄四郎の本宅として竣工（しゅんこう）した。現在は貝島化学工業（福岡市）が所有、管理しているが、普段は公開していない。