補聴器は高過ぎる!? 動き始めた〝公的助成〟の現在地 全国から注目される「港区モデル」とは?~改善可能な因子・難聴⑤
認知症対策としての支援
補聴器に対する公的助成は、障害者福祉の観点から高度以上の難聴者に対しての制度や、若年層に対する制度、労災認定された場合の制度などがある。が、これらは加齢性難聴における「軽度」「中等度」難聴に対して適用されるものではない。 「加齢性難聴に対する補聴器の公的助成が始まったのは、ここ最近の事だと思います。それまでも、いくつかの区市町村で助成を行っていたところはありましたが、大きく広がってはいませんでした」とは、日本補聴器販売店協会事務局長の高坂雅康さん。 日本補聴器販売店協会では、全国の市区町村一つ一つの情報をていねいに集め、去年令和5年12月に「全国の自治体における補聴器購入費助成制度の実施状況」として発表した。 それによると、「全国1747市区町村のうち、18歳以上を対象とした補聴器購入費助成制度を実施している自治体」は、令和5年度では237。金額(=限度額)は、1万円から13万7000円までで、多いのは限度額が3万円、5万円、2万円の自治体である。 目を引くのが新潟県で、新潟県では県内の全市町村、30市町村が補聴器に対する助成を行っている。 「なぜ新潟だけ?」と不思議に思い調べたところ、新潟ではなんと一人の医師の行動がきっかけで、助成制度が広がったとわかった。
新潟での取り組み
その医師とは、日本臨床耳鼻咽喉科医会の理事も務めている新潟市・大滝耳鼻科クリニックの大滝一先生。大滝先生は、令和元年から県内全30市町村に自ら単身で出向いていき、助成金の導入を要望して回ったという。 「最初は全市町村と新潟県の担当部署に電話したのですが、反応がなかったので直接伺うことにしました」(大滝先生、以下同) なぜそんなことをしたかというと、その前の平成30年(2018年)に県内で行われた耳鼻咽喉科の研修会で、この連載でも取材している慶應大学名誉教授で「オトクリニック東京」院長の小川郁先生のお話を聞き、心を動かされたからだという。 「これからやってくる超高齢化社会を見据えた時に、補聴器が認知症対策の活路となると知り、普及を働きかけねばならないと強く思いました。そして、どこが普及を先導するかと考えた時に、行政でもメーカーでも、販売店でもなく、医療機関…中でも医師が中心になるべきだと思ったんです」 大滝先生が行動を開始した令和元年(2019年)の時点で、補聴器に対する助成を行っていた自治体は8都道県の24市区町村。新潟県では皆無だった。 大滝先生は各市町村向けに「補聴器助成の提案書」を書くと、自らの夏休みを利用して県内にある30市町村の役場に、お願いに回った。 そのいくつかを私は見せてもらったのだが、認知症や難聴を取り巻く状況を説明するだけでなく、それぞれの市町村における高齢化率や補聴器が必要となる人の推計数、更にその市町村が補聴器購入を負担した場合の金額までがわかりやすく書かれていた。 大滝先生の嘆願などの結果、翌令和2年4月から新潟県内の4つの自治体で補聴器の助成が行われ始め、令和3年には11市町村、4年には26市町村に広がり、去年令和5年にはついに県内全市町村での助成を実現させるに至った。 「助成があると知っていただいたことで、補聴器を使おうとする患者さんの数はとても増えました。私から勧めるより先に、補聴器について尋ねてくれる方が増えたんです」 現在の課題は、助成金の額。 新潟県内の市町村では、2万円から5万円程度を上限額とするところが多いが、実際の補聴器が一つ(片耳)10万~30万円することを思うと、この金額では少ない。 「加齢性難聴の補聴器購入に対する自治体の助成額で一番高いのは13万7千円ですが、これを各市町村にお願いするのは難しいと思っています。あとは県や国に動いてもらうしかないので、今後は働きかける先を変えて、さらに活動していく予定です。 また、新潟県は全国に先駆けて全市町村での助成を実現できたので、『新潟プロジェクト』として行ってきた活動を全国展開していけたらとも思っています」