がん細胞が、焼いた餅のように膨張して破裂する…ほったらかしにしていた実験から見つかった「光免疫療法」。その仕組みとは?
厚生労働省が発表した「簡易生命表(令和4年)」によると男性の平均寿命は81.05年、女性の平均寿命は87.09年だそうです。健康寿命はこれよりも更に短い結果となっています。健康寿命を延ばして、できるだけ長く日常生活を制限なく過ごすためには…。医師の森勇磨先生は「健康寿命を延ばすのに、それほどお金は必要ありません」と言っていて――。 【書影】『がんの消滅――天才医師が挑む光免疫療法』 * * * * * * * ◆当初はがんを可視化するための研究だった 2009年5月、米国メリーランド州ベセスダ。 ワシントンD.C.のすぐ北西に隣接するその町に、アメリカ最大の医学研究機関、米国国立衛生研究所(NIH:NationalInstitutesofHealth)はある。そのNIHの主任研究員、小林久隆の実験室で奇妙な現象が起きていた。 ──がん細胞がぷちぷち壊れていく。 当時、小林が取り組んでいたのは「がんの分子イメージング」である。医学における〈イメージング〉とは人体内部の構造などを解析、診断するために画像化すること。「がんの分子イメージング」とは、つまりがんを可視化する研究だ。がんを「治療する」ための研究ではない。ましてやがん細胞を破壊するなどということが目的ではない。 がん細胞の表面には他の正常細胞にはないタンパク質が多数、分布している。がん細胞を移植されたマウスの体組織内に、このタンパク質とだけ(特異的に)結合する物質を送り込んでやれば、がん細胞にだけその物質がくっつくことになる。 この物質に蛍光物質をつけてやればどうなるか。がん細胞だけを光らせることができる。外科手術の際は、その光っている部分、がん細胞だけを取り除くことが可能になるし、取り残しも防げる。簡単に言えば、当時の小林が取り組んでいた研究のひとつはそうしたものだった。
◆失敗した実験 その日、朝から試していたのは〈IR700〉という光感受性物質だった。光に当たると化学反応を起こして発光する物質である。IRはInfrared=赤外線の略だ。700nm(ナノメートル)付近の波長の光に反応するからIR700と名づけられた。 700nmの光とは、テレビの赤外線リモコンでも使われるような無害安全な種類の光である。紫外線のような波長の短い光だと細胞を傷つけてしまう恐れがある。そのために選ばれた可視光に近い近赤外線である。 その光を何度がん細胞に当ててもうまく光らない。 マウスのがん細胞と試薬はちゃんと結合しているはずだった。だが、きれいに光らない。がん細胞が仄かに発光はするのだが、際立った反応を見せることもなく、そのまま暗くなってしまう。明らかにほかの試薬とは違う反応だった。実験は失敗に見えた。 「またダメだ……」 実験に当たっていた小川美香子(現北海道大学大学院薬学研究院教授)は、蛍光顕微鏡のモニターを見つめていたその時のことをよく覚えていた。小川は京都大学薬学部出身。浜松医大の助教職から2年間という期限で小林のもとに留学していた。 小川の研究テーマもまた「がんの分子イメージング」だ。自他ともに認める“化学屋”で、実験の精度や手順には定評がある。実際、NIHでも優秀な博士研究員(フェロー)に与えられる賞を受賞していた。
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