【まるも亜希子の「寄り道日和」】トヨタ博物館の「日本のクルマとわたしの100年」を見て思ったこと
ジェンダーレスの時代ですが、歴史は歴史としてしっかりと胸に刻み、この先の「すべての人が輝ける日本」に向かって活かしていくべきだと思います。 【この記事に関する別の画像を見る】 現在、愛知県長久手市のトヨタ博物館で開催されている特別企画展「日本のクルマとわたしの100年」は、日本の女性たちがどのようにクルマと関わってきたのか、その100年の歩みがステキなイラストや解説、時代を象徴する実車展示とともに紹介されていて、理解を深めることができる展示になっています。 まずエントランスには、写真撮影スポットとしても映える大きなウェルカムウォールがお出迎え。ワクワクしながら中へ進むと、100年を5つの時代に分けて展示してありました。 1つめの時代は「女性ドライバーの誕生」。日本で初めて東京自動車学校の第1期生として入学した女性たちの写真があり、日本髪を結った着物姿の女性が颯爽とハンドルを握る写真がとてもステキです。卒業後はハイヤー運転手として活躍し、そのうち渡辺はまさんは1933年に10年間無事故運転で警視庁から表彰されたのだそう。かっこいいなぁと思いますね。 2つめの時代は「女性ドライバーの広がり」で、1936年にスタートした日産の「ダットサン・デモンストレーター制度」というのにビックリ。これは近代的感覚をそなえた女性を一般から募り、数百名の応募者の中から4名をデモンストレーターとして採用。それぞれにダットサンが与えられて、運転技術や自動車機構についての知識を習得したのちに家庭訪問を実施して、試乗を勧めたり運転の指導を行なったりしながら女性の自動車愛好者をつくることが使命だったというのです。女性から女性へとクルマの魅力を広めるという発想もすごいですね。 3つめの時代は「モータースポーツに挑む女性たち」で、ここがいちばんビックリしたかもしれません。1957年に国産車として初めて豪州ラリーにトヨペットクラウンが参戦した翌年に、日本一周読売ラリーという競技が開催されて、優勝したのが東郷美作子さんという女性でした。そのご褒美として豪州ラリー参戦権を獲得し、夫とともに参戦したというのですが、写真には身長145cmという小柄で笑顔のチャーミングな女性がボンネットに腰掛け、現地の人たちとコミュニケーションをとっているのです。この大冒険を心からエンジョイしている、という雰囲気に心を打たれました。 そして、その東郷さんが帰国後の1960年に立ち上げたのが、「女性ドライバーの会」。朝日新聞の記者からのちに交通評論家となる生内玲子さんとともに、ドライブや整備の勉強会、子供に向けた交通教育やカー・ファッションショーを行なっていたという記録にも感銘を受けました。これはまさに、私の大大大先輩! モータースポーツもモータージャーナリストも、こうした勇気とパワーのある女性たちが開拓し、築いてきてくれた道があるのだなぁとしみじみ見入ってしまいました。 4つめの時代は「女性をターゲットとしたクルマの一般化」と題し、1961年に発売されたダットサンブルーバードの「ファンシーデラックス」が展示してあります。これすごいですね、女性ドライバーのための工夫が30点以上も取り入れられたクルマなんです。たとえばサンバイザーが化粧ポーチになっていたり、更衣用のカーテンが付いていたり、ウインカーを操作するとオルゴールが流れるなんて驚きの工夫もあるんです。傘ホルダー、コートハンガー、一輪挿しなど盛りだくさんで、走るマイルームの元祖を見た気がしました。 さらに、1970年代のマイカーブームに登場したスズキ・アルトは小林麻美さんがイメージキャラクターとなった「麻美スペシャル」が展示してあります。ダイハツ・ミラとともに当時のカタログもあって、まるでファッション誌のグラビアのよう。バブルに向かっていく時代の盛り上がりを感じることができます。 最後のコーナーは、「女性エンジニアの活躍」。マツダ「MX-30」のチーフエンジニアを務めた竹内都美子さんや上藤和佳子さん、レクサス「UX」のチーフエンジニアを務めた加古慈さんのインタビューとともに紹介されています。ここまでの歴史を見てきたからこそ、ついにたくさんの女性が「つくる側」で活躍する時代になったというのは感慨深いものがありますね。私はこの時代に生きることをとてもありがたく、幸せに感じたのでした。 見る人によってさまざまな想いが広がる企画展「日本のクルマとわたしの100年」は、トヨタ博物館で2025年1月13日まで開催しています。ぜひ、足を運んでみてはいかがでしょうか。
Car Watch,まるも亜希子