生成AIに3000億円投資の日立、成長機会なのか?
1年で1兆円規模の投資、その重点となるのが生成AI関連だ。 【もっと写真を見る】
今回のひとこと 「成長投資の成果が、2025年度からスタートする次期中期経営計画において、オーガニックな成長の柱になる。日立は新たな成長機会をしっかりと獲得できる企業であることを証明して、2024中期経営計画を終えたい」 日立製作所は、2024年度中に生成AI分野に3000億円を投資すると発表した。 日立製作所の小島啓二社長兼CEOは、「生成AIの出現は、新たな成長機会と捉えており、そこに重点的に投資する」と語る。 だが、日立製作所では、自らがスクラッチで生成AIを開発することは考えていない。 これまでにも日立の小島社長兼CEOは、「主要なプレーヤーが持つ大規模言語モデルに、日立が持つ固有のコンテンツをマージし、特徴のある生成AIを提供していくことになる。日立の生成AIへの取り組みは、大規模言語モデルを持つ主要なプレーヤーとのパートナーシップが重要になる」とし、大規模言語モデルの開発には、自ら取り組まない姿勢を明確にしている。 その一方で、生成AIの社内外での利用を促進する専門組織として、「Generative AIセンター」を、2023年5月15日から稼働。ちょうど1年を経過したところだ。 生成AIに関する知見を持つデータサイエンティストやAI研究者のほか、社内IT部門やセキュリティ部門、法務部門、品質保証部門、知的財産部門などの社員で構成。日立グループの32万人の社員に対する生成AIの利用支援を行うとともに、社内で蓄積した生成AI利用に関するノウハウを顧客に提供することになる。 小島社長兼CEOは、「生成AIでは、大規模言語モデル(LLM)に注目が集まっているが、日立が得意とするのは、LLMにデータを供給するデータインフラの部分である。そこに、Hitachi Vantaraのデータストレージやハイブリッドクラウドが活用できる。また、LLMの上位にあるアプリケーションでは、日立が得意とするOTとITの組み合わせによる提案が可能である。日立は、こうした領域で、生成AIが生み出すインパクトを、ビジネスにつなげていきたいと考えている」と語る。 開発効率の改善に加えて、人材強化や買収も では、今回、1年間に生成AI分野に3000億円を投資する狙いはなにか。 この投資は、「ソフトウェアの生産性向上」、「フロントラインワーカーの生産性向上」、「データセンターへの投資」の3点になる。また、AI人材の強化や、必要に応じて小規模のM&Aも行うことも明らかにしている。 ひとつめの「ソフトウェアの生産性向上」では、生成AIを活用したソフトウェア開発におけるエンジニア不足の解消だ。具体的には、GlobalLogicにおける生成AIの活用を促進。要件定義や設計、テスト工程でのソフトウェア開発作業効率の向上を図るとともに、ヒューマンエラーの削減による品質向上を目指すという。これを日立グループ全体のソフトウェア開発にも適用していくことになる。 2つめの「フロントラインワーカーの生産性向上」では、日立グループ社内におけるコールセンターや製造現場などを対象にした生成AI利用による生産性向上への取り組みとなる。また、そこで培ったノウハウを顧客にも展開していくことになる。 小島社長兼CEOは、「コールセンターなどにおいては、現場の知識やノウハウを存分に生かすためにも生成AIの活用は不可欠だと考えている」としながら、「日本の労働人口の8割がフロントラインワーカーであり、この領域の生産性向上は、日立グループにとっても重要な意味を持つ。また、エネルギー、鉄道、産業分野に対して、生成AIをいかに活用するかといったことも考えていく。そのための先行投資になる」とする。 鉄道や原子力プラントなどでは、現場拡張型のインダストリアルメタバースを開発。そこにも投資を行うことを明らかにした。 ここでも課題となるデータセンターへの投資 そして、3つめの「データセンターへの投資」は、データセンターを取り巻くビジネスへの投資と捉えることができる。 ここでは、主な成長投資領域のひとつとして、NVIDIAとのパートナーシップに基づいて開発を進めている高信頼データ管理ソリューション「Hitachi iQ」をあげた。 Hitachi iQは、NVIDIAの最新のAIテクノロジーをベースに、Hitachi Vantaraの次世代ストレージプラットフォームを組み合わせた新たなポートフォリオと位置づけられており、産業およびエンタープライズ市場におけるDXを加速するために、AI機能を提供することになる。第1弾製品として、NVIDIA DGXインフラストラクチャと高信頼性ストレージ上に構築したNVIDIA DGX BasePOD認証済み統合ソリューションを提供。複数のコンサンプションモデルを用意することで、必要なものだけを選択して利用できる仕組みを通じて、オンプレミスのパフォーマンス向上や、ROIの向上が可能になるという。 今後は、NVIDIA H100を搭載したハイエンドのNVIDIA HGX製品とNVIDIA H100 Tensor コア GPUおよびL40S GPUで構成するPCI-Eベースのミッドレンジ製品などのラインアップを強化。エンタープライズグレードのAIツールとフレームワークからなるソフトウェアプラットフォームであるNVIDIA AI Enterpriseも提供する。 さらに、Hitachi Vantaraでは、ファイルストレージ技術「Hitachi Content Software for File」を活用した第5世代ベースの新たな高速ストレージノードを提供する予定であり、複雑なAIワークロードに対応した高速ストレージソリューションの提供が可能になるという。 小島社長兼CEOは、「生成AIの広がりにあわせて、データ管理インフラが相当伸びると見ている。また、今後は、ストレージの成長が期待できるだろう」と指摘。「ミッドレンジモデルにおいても、パフォーマンスの改善と、チャネルの強化といった課題が解決し、この成果が2024年度には出てくる。これまでの日立とは、違う姿を見せることができる」と自信をのぞかせる。 その上で、「生成AIは、ハイブリッドクラウドで活用することが前提となるが、日立の技術はプライベートクラウドとパブリッククラウドを意識せずに利用できるだけでなく、手元のものはセキュアな環境で管理するといった使い分けができる特徴を持つ。これは、他社にはない技術であり、ハイブリッドクラウドの進展とともに、日立には大きなチャンスがあると考えている」とする。 その一方で、データセンター需要の急拡大においては、日立エンジーの受変電設備、日立グローバルライフソリューションズの冷却設備などによるオファリングを強化する考えであり、「データセンター向けに、グリーンでレジリエントなサービスを、ワンストップで提供する。ここにも投資をしていく」とした。 このように日立製作所の生成AIへの成長投資は、生成AIへの開発投資ではなく、生成AIの利活用を促進し、それを提案するための環境づくりへの投資だといっていい。それがいまの日立の生成AIとの向き合い方になる。 生成AIに限らず、1年で1兆円規模の成長投資を 日立製作所では、生成AIに向けた3000億円の成長投資のほかに、「DXおよびGXで拡大する成長する製造分野」で2000億円、「社会インフラ事業のサービス化の加速」で2000億円、「案件に恵まれた際の機動的M&A」に3000億円の投資を計画している。生成AIを含めて合計で1兆円の成長投資を1年間で行うことになる。 過去2年間での成長投資の規模は8000億円。それを上回る投資を1年で行うことになる。また、これまでの成長投資が、日立エナジーの完全子会社化に2000億円、GlobalLogicのボルトオンM&Aに1000億円など、個別事業強化に向けた中規模M&Aが中心となっていたが、この1年間は、個別事業の強化に加えて、新たな成長機会の獲得を目的にしている点がこれまでとは異なる。 そして、2024中期経営計画では、3年間の成長投資として1兆4000億円を計上していたものを、1兆8000億円に上方修正したものであるという点も特筆できるものだ。 小島社長兼CEOは、年間1兆円の戦略投資について、「成長の速度を緩めずに、さらなるキャッシュ創出を目指すものとなる」と位置づける。 2024中期経営計画の最終年度となる2024年度の業績見通しは、売上収益は前年比7.5%減の9兆円とマイナス成長となるが、2023年10月に連結対象から外れている日立Astemoを除く、デジタルシステム&サービス、グリーンエナジー&モビリティ、コネクティブインダストリーズの3セクターの売上収益でみれば前年比8%増となり、増収増益の見通しとなる。そして、2024中期経営計画で掲げた売上収益8兆円を大きく上回る結果となる。また、Adjusted EBITは12.7%増の1兆350億円となり、同中計の9600億円の目標も、同様に上回る。コアFCFも3年累計で目標値を3000億円上回り、1兆5000億円になる見込みだ。ROICでは、10%を目標に対して、9.5%の見通しに留まっているものの、CO2排出削減貢献量や外国人役員比率、デジタル人財の強化などの非財務目標も達成する見込みだ。 日立製作所の小島社長兼CEOは、「目標としていた財務目標はおおむね達成する見通しである」と胸を張る。 日立エナジーの受注残高は4兆7000億円と、その規模は、売上収益の約2.5年分に達している。また、Lumadaの中核となるデジタルシステム&サービスの受注残高も1兆5000億円、受注高は2兆7652億円に達している。これらの数値からも、強気の意味が裏づけられる。 2024年度の通期見通しや受注残高の数字だけを見ると、中期経営計画は、確実な目標達成が視野に入っており、この1年は、もはや「ウイニングラン」にさえなりかねない状況に見てとれる。だが、そうした緩みは、なんとしてでも避けたいというのが小島社長兼CEOの本音だろう。 今回の新たな成長投資の発表によって、小島社長兼CEOは、手綱を緩めない姿勢を見せるとともに、次の成長につながる投資を積極化する姿勢を示したものといえる。 小島社長兼CEOは、「この投資の成果が、2025年度からスタートする次期中期経営計画において、オーガニックな成長の柱になる。新たな成長機会をものにしていくことで、サステナブルな成長につながる」と語り、「日立は新たな成長機会をしっかりと獲得できる企業であることを証明して、2024中期経営計画を終えたい」と語る。 成長投資に対する積極的な姿勢と実行が、より高い頂を目指す次期中期経営計画の立案につながる。 文● 大河原克行 編集●ASCII