「光る君へ」を手がけた脚本家・大石静に独占ロングインタビュー!
欲情しない若い男たちを危惧。
「電車の中では必ず若い人のそばに行き、話に聞き耳を立てます。どんなしゃべり方をするのか、どんなことで笑うのか、などを知りたいので。私には子どもも孫もいないので、若い世代の情報は吸収するようにしています。最近、しみじみ不思議なのは若者が恋愛をしないことです。何年か前にNHKの番組で見たんですけど、Y染色体が滅びつつあるそうです。XXのほうが安定感があるので、明らかに女性のほうが元気がいいですよね。この世の若い男たちが欲情しないなんて、つまらない世の中になったものです」 性的欲望を発散しない分、インターネット上で鬱憤を晴らしているとしたら、これもまた恐ろしい。 「己の欲望や想いを認識しつつ、自分の心と対話しながら自己分析することが人間の成長の第一歩じゃないでしょうか。でも最近は、自分の欲望に蓋をして、自分と対話しない文化になっています。自ら押さえつけた欲望が変形して妬みとなりSNS上で炸裂する。オーストラリアでは16歳未満の子どもに、SNSを禁じる法案が可決されたそうですが......そういうことも必要かもしれませんね。国民が管理されすぎるのも問題なので難しいですが」
ハードな執筆生活、その実態。
あらためて彼女の実年齢を思い量ると、やはり健康面は気になる。本来であれば仕事を緩やかにするか、老後を楽しむ世代だ。特に大河ドラマの執筆は全48回放送という長期間の拘束。何か生活で気をつけていることはないかと聞くと、笑いながらこう言った。 「気をつけていることは何もないです(笑)。運動も一切しませんし、正しい食生活も意識していません。運動不足、タンパク質不足、野菜不足の典型ですし、不規則な生活も極まっています。でも仕事では本当に努力をしているので、それ以外のことは努力をしたくないし。欲望のままに生きたいのです。それで死んだら、本望です」
道長から「書け!」と言われている感覚。
日常生活だけは気ままに。対するように仕事には真摯に。そんな彼女が2024年を代表する作品となった「光る君へ」のオファーを受けたのは、いまから3年半前のこと。平安時代という未知の世界への勉強を重ねてきた。執筆前には京都へ向かい、登場人物たちゆかりの地を訪ねた。 「NHKのスタッフと、まひろを演じた吉高由里子さんと行きました。まずは紫式部が住んでいた場所だという上京区の廬山寺。いまは普通のお寺ですが、寝殿造りは昔のままだそうです。それから柄本佑さん演じる藤原道長のお墓も行きました。住宅地にある森のような場所なのですが、そこで不思議なことが起きたんです。いい意味でゾワーッとしたというか......髪の毛が立っちゃうような......。道長に『(脚本を)書け』と言われているような気がしました。吉高さんはその時のことを『大石さんがお墓でキャーキャー言っていた!』と、ほかの人に話していました。また、陽明文庫で、国宝であり世界遺産である道長の『御堂関白記』も見ました。千年前の道長の直筆が残っています。字はあまりうまくなくて、走り書きや、文字を消した跡もあり、おおらかな人柄がうかがえる日記でした」 大石は執筆中に勝手に手が動くような感覚に陥ったことがあるという。自分が唸り出しているのではなく、誰かに書かされている感覚。これを感じたのがNHK連続テレビ小説「ふたりっ子」と同局の「セカンドバージン」。2作とも大ヒットとなった。今回も「光る君へ」はひとつのムーブメントとなったが、先の2作とは違う感覚だ。道長には背中を押されていると、常に感じてやってきた。とはいえ、スタートした時は戸惑うことも多かった。 「平安時代のことなんて、誰が見るんだろうと思いました(笑)。なじみのない時代ですから、一年間も見てもらえるのかどうか不安でした。紫式部と道長の若い頃の史料はまったくないんです。大河ドラマのスタンスとして、歴史的にわかっていることは、ひとつも外していませんが、まひろと道長の若い頃の話は、すべてオリジナルで構築しました。身分の違うふたりをパラレルで描くと視聴者の方が見づらいと思ったので、幼い頃から淡い想いを抱いている間柄にしたのです。それでも初回はそれだけでは物足りない。だから第1話でまひろの母親が殺害されるシーンを作りました。視聴者が来週も見たくなってくれるようなインパクトをつけたかったのです。まひろにしてみれば、淡い想いを抱いた人の兄が母の仇、というスリリングな展開になっていくように知恵を絞りました」