マジトラのゆくえ【キリスト教で読み解く次期トランプ政権】前編
次期副大統領J・D・ヴァンス
J・D・ヴァンスの半生については、2016年に公刊され大ベストセラーとなった自伝『ヒルビリー・エレジー』に詳しい。貧困と麻薬が蔓延するアパラチアの白人労働者階級出身のヴァンスは、麻薬中毒で次々にパートナーを変える母親に苦しめられつつも、荒っぽいが敬虔な祖母のサポートのもとオハイオ州立大学に進学し、イエール大学法科大学院で博士号を獲得する。その後、弁護士になり、上述の著作をベストセラーにした後、ピーター・ティールのベンチャー・キャピタルの会社で成功を収め、2022年にはトランプの公認を受けてオハイオ州の共和党上院議員に当選した。 スコティッシュ・アイリッシュ系のヴァンスは、クリスチャンとして育てられたが、教会にはほとんど通ったことがなかったそうだ。大前提として、彼が生まれ育った地域には、現在のトランプの支持層でもあるペンテコステ系の福音派が多い。『ヒルビリー・エレジー』には、彼が十代の頃に、アル中から回復した実父に連れられ福音派教会に通うようになった時の経緯が、驚くべきほど的確な表現で描写されている。思春期のヴァンスは、福音派教会が説く世の終わりが近いという千年王国説に夢中になり、科学や進化論に反対するようになり、更には自分の考えと少しでも違う他人を異端視するようになったと言う。結局、彼は、他人を責めるばかりで自分自身を成長させない福音派の信仰に留まることはなかったと述懐している。
大富豪とアウグスティヌスに導かれる
その後、ヴァンスはカトリックで洗礼を受けるのだが、その間の展開についてはインタビューと彼自身によるエッセイに詳しい。オハイオ州立大学に進学したヴァンスはそこで「インテリとは無神論者だ」という価値観に出会う。エリートに受け入れられたいという無意識の願望から、彼は無神論者になり、リバタリアニズムに傾倒するようになった(もれなくアイン・ランドを愛読していたらしい)。 次に彼は、4年間の従軍生活を経てからイエールの法科大学院へとステップアップするわけだが、段々と個人主義と能力主義を信奉するリバタリアンでいることは、彼自身が何よりも望む「幸福な家庭」や「善い人間」としての成長に結びつかないことに焦り始めたと言う。この時期の彼に、競争に明け暮れる生活の無意味さを認識させ、キリスト教への関心を再燃させたのは、古代末期の神学者アウグスティヌスの著作『神の国』と、講演を通じて出会ったベンチャー・キャピタリストのピーター・ティールだった。 不毛な競争を避け「独占しろ」と説くティールは、シリコン・バレーでは珍しい保守的なクリスチャンで(カトリックだとは明言していない)、イノベーション至上主義とキリスト教を組み合わせた独自の哲学を持っている。ティールは、彼の恩師であるフランス人のカトリック思想家、ルネ・ジラールの模倣理論をヴァンスに紹介した。 これらの一連の出会いがヴァンスにキリスト教、特にカトリックへと目を向けさせたが、カトリックの神学は、この時期に彼が思い悩んでいた問題にも答えを与えたと言う。