ルイス・コールが力説、先鋭オーケストラと奏でる「究極のリアルサウンド」と実験の裏側
ルイス・コール(Louis Cole)の最新アルバム『nothing』は、まさかのオーケストラとのコラボ作だ。近年はソロやノウワーとして日本でもビッグバンドとの共演を行なっており、アンサンブルへの関心が増しているようなのは伝わっていたが、ここまでやるのか……と正直驚いた。 【画像を見る】ローリングストーン誌が選ぶ「歴代最高の500曲」 今回、彼がコラボしたのはオランダのメトロポール・オーケストラ。ジャズを中心にあらゆる音楽に対応できる名門で、過去にはロバート・グラスパーやスナーキー・パピー、ジェイコブ・コリアー、ローラ・マヴーラ、ジェイムスズーやヘンリク・シュワルツなどとも共演している。 そんな世界最高峰のポップオーケストラと手を組んだルイスは、自身のアレンジャーとしての能力を最大限に発揮し、自宅でのDIYな制作環境で生み出してきたこれまでの音楽的魅力を損なうことなく、むしろリスナーの予想する遥か上へと拡張し、そのポテンシャルの高さを見せつけることに成功している。シンプルに「底が知れない」となること必至な作品だ。僕らはまだルイス・コールの音楽をほんの僅かしか知らないのかもしれない。 ちなみにメトロポールといえば、ジャズ作曲家・挾間美帆が客演常任指揮者を務めているオーケストラでもある。今回のコラボについて、ルイスからスムーズに話を聞くことができたのは、以前から挾間がメトロポールについて話を聞かせてくれたおかげだ。なので、この記事ではスペシャルサンクスとして彼女の名前を明記しておきたい。 * ―『nothing』を作るに至った経緯からお話し頂けますか? ルイス:僕は以前からずっとオーケストラのための曲を書きたいと思っていたんだ。オーケストラで演奏されるような曲がとても好きだからね。それで、いつかオーケストラに向けた曲を書けたら良いなと思っていて。今回、オランダのメトロポール・オーケストラが僕に連絡をくれて、彼らのための楽曲を書いて一緒に演奏して、レコーディングをしてみないかと誘ってくれたんだ。 ―最初にメトロポールと繋がったのはいつ頃で、どういう経緯だったんですか? ルイス:最初に出会ったのは指揮者のジュールス・バックリー。ノース・シー・ジャズ・フェスティバルに行った時に泊まったホテルで、誰かが火災報知器を鳴らしてしまったみたいで、宿泊者全員が駐車場に避難しなくちゃいけなかった。そこで彼と出会って話をして、何か一緒に出来たらいいねということになって(笑)。それでメトロポールと繋がりが出来たんだ。 ―メトロポールはとても変わったオーケストラですよね。どんな特徴があると思いますか? ルイス:素晴らしいオーケストラだよ。オーケストラに必要な楽器はすべて揃っているんだけど、クリックトラックを聴きながら演奏するし、指揮者の指示に正確に従うことができる。全員が同じクリックトラックを聴きながら演奏するから、すごく速い曲も弾きこなすことができる。演奏がとても正確なんだ。彼らはとても万能で融通が利くから、あらゆるタイプの音楽を演奏することができる。そういうオーケストラは少ないから、それが彼らの最大の強みだね。 ―全員クリックを聴きながら演奏するオーケストラは他になさそうですよね。 ルイス:そうだね。すごく珍しいと思う。 ―メトロポールは一応、ジャズを基本にしたポップ・ミュージックのオーケストラという建て付けになっていると思いますが、彼らのジャズ性についてはどう思いますか? ルイス:管楽器や木管楽器のセクションには、ジャズ・ミュージシャンも多いようだから、そこにジャズ性を感じるね。彼らはジャズのタイミングも完璧に理解しているし、クラシック音楽を演奏することにも長けている。そのどちらのスタイルの音楽も演奏することができるんだ ―『nothing』の曲の中で、メトロポールのジャズが上手い部分が特に発揮されているのはどれだと思いますか? ルイス:最もハードコアなジャズというと、5曲目の「Cruisin’ for P」だね。「Life」にもジャズ的な感性が詰まっている。クラシックっぽいサウンドではあるんだけど、そこにスピード感のあるグルーヴが乗っていて、ほとんどジャズと言ってもいい感じの曲だと思う。それと、他には……「Weird Moments」も速いライン、速いメロディがあって、ジャズっぽく聞こえるかもしれない。一般的なオーケストラが演奏するものとは明らかに異質だね。彼らはそうしたスピード感のあるグルーヴを演奏することが出来て、しかもペースを崩さないところがすごいんだ。 ―また、彼らにはクラシック的な巧さという部分もあると思うのですが、そういう部分が出た曲は例えばどれだと思いますか? ルイス:それはたくさんあるね。多くの曲にそうした部分がフィーチャーされていると思うけど、僕のお気に入り……クラシックの世界観が最も深く表現されていて、深淵なサウンドを聴かせてくれるのはタイトルトラックの「nothing」かな。 ―ほとんどストリングだけの曲ですよね。どういうところが気に入っているんですか? ルイス:個人的には、シンプルだけど特別感のある曲を書くのって本当に難しいと思う。単にシンプルな曲を書くのはわけもないし、不可思議で、極端で、実験的な、個性的でスペシャルな曲を書くこともそんなに難しくない。でも、シンプルだけどスペシャルな曲を書くというのは、僕にとって世界一難しいことなんだ。シンプルな中からとても深い感情を掘り起こして、それを1種類の楽器で表現することの難しさ。僕はそういう曲を書こうとこの15~20年間、ずっと挑戦してきたように思う。それで、今回とうとうそんな曲を書くことが出来たんだ。「やったー!」って気分だよ(笑) 非常にクラシック的な曲としては、1曲目の「Ludovici Cole Est Frigus」もそうだね。とてもクラシック的にしたいと思って作った曲だから。 ―最初に話していたようなクリックを使うのが上手かったり、色んなジャンルを演奏することができる部分が特に出ているのはどの曲だと思いますか? ルイス:「Life」「A Pill in the Sea」だね。すごく速いリズムだから、これはクリックがないと演奏できないと思うし、彼らは完璧にタイミングを合わせてきたよ。それとクラシックなサウンドが印象的な曲、「Things Will Fall Apart」では管楽器と低音の弦楽器がベースラインを演奏しているんだけど、完璧だったよ。グルーヴがあってすごく良いサウンドになった。その辺が最良の見本という感じかな。 ―メトロポールはそれこそBrainfeederのアーティストとも共演しているくらいなので、大半の音楽は演奏できそうですが、そんな彼らにとってもあなたの音楽はハードだったのではないかと思います。 ルイス:そうかもしれないね。曲作りだけではなく、アレンジも僕がすべて手掛けたんだけど、実際そのアレンジをオーケストラとジュールスに持っていったら、「これは不可能だよ」「無理だよ」「できないな」という感じで、結構な分量を変える必要があったんだよね。僕はこのプロジェクトに真剣に取り組んでいたし、ものすごく気を配ったつもりだったから、「えー、勘弁してよ……」という感じで渋々変えることにしたんだ(笑)。でも、結局はリハーサルのほとんどの時間を、オリジナルのアレンジでやることに費やしたよ(笑) ー自分の意見を通したと(笑)。 ルイス:少し手を加えるけど、でも結局はオリジナルに戻るという感じでね(笑)。 ーうまくやったんですね(笑)。 ルイス:だから最終的にはちょっとした調整にほんの少し時間を費やしたという感じだね。彼らも「これで成立するの? これは無理じゃない?」って訝しんでいた。だから、最後に調整期間を少し設けて、うまく機能するようにはしたんだよね。最初のリハーサルは変な感じだったし、荒削りだったと思う。2回、3回とリハーサルを重ねていくうちに、落としどころが分かってまとまってきた感じで良かったんだ。 ―メトロポールがいちばん大変そうだったのはどの曲ですか? ルイス:恐らく「Wizard Funk」だね。すごく奇妙なリズムで、ファンクの曲ではあるんだけど、特に木管楽器と管楽器のセクションのリズムは、あまり聴いたことのないような、ぎくしゃくしたような不可解なリズムになっている。僕はこの曲をキーボードで書いたんだけど、キーボードで演奏するんだったら普通にファンク・ソングなんだ。そこからパートを書き分けていったら、木管と管楽器のセクションのリズムが普通じゃないものになっちゃってね(笑)。特にクラリネットは本当にハードなベースラインを演奏することになってしまった。でも、彼らは完璧にそれを弾きこなしてくれて、素晴らしいサウンドになったよ。とはいえ、めちゃくちゃ大変だっただろうね(笑)。 ―でも、「メトロポールだったらできるだろう」ということで書いているわけですよね。 ルイス:もちろん。とはいえ、あまりにも難しすぎたらそこはカットしようとは思っていた。でも、彼らは僕の意図を捉えて見事に演奏しちゃうんだよ。 ―すごいですね。ジュールズ・バックリーはどんな仕事をしてくれたんですか? ルイス:僕が「変なことをしようとしているのは分かってるけど、これを試してみていいかな?」と言うと、彼は「構わないよ。やってみよう」って言ってくれるんだ。彼はいつも僕の特殊なアイデアを支持してくれる存在で、それは僕にとってすごく素敵なことだった。僕が技術的な表現ではない形で彼にやりたいことを伝えると、彼はメンバーが分かる表現に翻訳してくれたりもしたね。