立ち眩み、緊張、多汗に「これやばい」 10年の苦悩で心療内科受診…判明した2つの障害【インタビュー】
子供たちのネガティブな感情をポジティブに変える
そんな交流会について、「楽しみを実感し、やりがいを持てている」とポープ。参加する子供たちの年代は、小中学生が中心ということもあり「人間形成のうえで内側を作っていく重要な時期」との考えの下、接し方に心を砕いてきた。 「子供たちと話をしているとネガティブな考えのほうが先に出てくると感じました。一概には言えませんが、家庭環境が理由なのかもしれません。でも、そんな感情をポジティブな考えに変えていくのも僕たち選手側の重要な役割。 『自分ではこう考えているかもしれないけれど、意外に周りはそう思っていないかもよ?』というような決めつけない話し方をすることで、上手く目線を変えてあげる、違う考えに気づかせてあげる。そうしてメンタルを良いベクトルに向かわせてあげれば、すべて上手くいくと思っています」 子供たちと目線を合わせ、心に寄り添いリードする――。このアプローチには、プロになってからの悩みが関係していた。 「ずっと自己評価が低かったんです。『これもできない、あれもできない』みたいに。そうやって悩んでいる時にある本と出合い、自分を上手く評価できない人って世の中に意外と多くいるんだと知り救われて。だから、子供たちのネガティブな話を聞いても、『俺だって大人になりプロになったけれど同じような悩みを抱えているよ。だから大丈夫』って言ってあげられる。そうやって『今苦しい思いをしているのは僕だけじゃないんだ』と安心してもらう。それだけで前向きになれる子供たちはいるんです」
「自分の中でずっと消化できていないことがあった」
2021年8月から始めた現在の支援活動は、既に20回近くに及ぶ。その中でピッチに立つ自身に還元されたものはあったのだろうか。ポープに尋ねると、意外な答えが返ってきた。 「交流会で子供たちにアドバイスし続けていたとはいえ、実は自分の中でずっと消化できていないことがあったんです。本当に、つい最近まで」 その問題を感じ始めたのは、20歳になった頃だという。日常的に立ち眩みを度々感じるようになった。異変は試合中にも。急に極度の緊張に襲われたかと思えば、過剰に汗が出る症状にも見舞われた。それだけでなく、入念な準備を持ってゲームに臨んだにもかかわらず、足をつることが何度もあった。ひどい時には、後半開始10分過ぎでそうした状態になる試合さえあったという。 「これ、ちょっとやばいな」と感じていたとポープ。それでも、練習と試合を次々にこなし、支援活動も並行する日々の中で、不調をやりすごすように。問題の原因が分からない不安を打ち消すように練習で自分を追い込んだが、トンネルの出口は見えず。パフォーマンスは低下し、怪我も増え「負のスパイラルに入っていた」と振り返る。 メンタルの弱さから来る問題なのか……。原因をそう結論付けそうになったが、ポープの中には1つの自負があった。「今までどんな問題が起きても、そこから逃げず正面から向かい合ってきた」。そして、不調の根本原因を知るため心療内科を受診。不安障害とパニック障害の症状が当てはまると診断された。 その後に治療を始め、カウンセリングも週1回のペースで行うように。すると、症状は大きな改善を見せた。 「10月5日の柏レイソル戦を終えた時に『ようやく1つ抜け出せた』という感触が自分の中でありました。結果(0-1敗戦)は残念でしたが、試合中は変な緊張を全く感じず、足もつらなくて納得のパフォーマンスができたんです」 ここまでたどり着く過程で、支援活動を大きな支えと感じた経験もあったという。昨年10月のこと。次のエピソードを教えてくれた。 「父を亡くして間もないタイミングで、対面のサッカー交流イベントがありました。この頃、練習場に行くのもしんどくて、サッカー教室への参加を内心キャンセルしようかと考えていたんです。それでも覚悟を決めて足を運ぶと、子供たちの無邪気に楽しむ姿や自分と会えたことを喜んでくれる様子に救われた気がして。与えるだけではなくて、与えられることもたくさんあるんだと実感した瞬間でした」 また、今年6月には第一子の誕生でポープは父親に。愛する我が子の存在で「父親として逃げる姿は見せたくない」と心境が変化。メンタルヘルスの不調の解決に真正面から取り組む原動力の1つとなった。 長い闘いの末にようやく掴んだ光。生まれ変わった守護神が横浜FMのゴール前に立ちはだかる。 [プロフィール] ポープ・ウィリアム/1994年10月21日生まれ、東京都出身。東京ヴェルディJrユース-東京ヴェルディユース-東京ヴェルディ-FC岐阜-東京ヴェルディ-川崎フロンターレ-大分トリニータ-川崎-ファジアーノ岡山-川崎-大分トリニータ-FC町田ゼルビア-横浜F・マリノス。アンダー世代(U-19、20、21、22)では日本代表も経験。高い身体能力と長い手足を生かしたプレースタイルが特徴で、2023-24シーズンのAFCチャンピオンズリーグ(ACL)ではPK戦の殊勲のセーブでクラブ史上初となる決勝進出に貢献した。
FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治 / Ryoji Yamauchi