ユーロ2024でドイツ代表を蘇らせたトニ・クロース 引退間近の選手の何がすごいのか?
【リベロが開花する国】 マークする相手を持たないリベロは、攻撃時にフリーになりやすい。その特性を利用して、ベッケンバウアーは後方でのボール確保を安定させ、さらにプレーメーカーとして長短のパスでゲームを構築。機を見て前線に出て、フィニッシュワークでも貢献。フィールドの縦軸を支配する独特のプレースタイルを確立した。 1972年のチームが画期的だったのは、ベッケンバウアーのほかにもうひとりリベロが存在していたことだ。 バイエルンのライバルだったボルシアMGの司令塔ネッツァーは、チーム事情からリベロとしてもプレーしていた。欧州選手権ではベッケンバウアーとネッツァーが連係しながら交互にゲームメークしはじめる。正確無比なパス、広角のビジョン、確実性とヒラメキを兼ね備えたふたりの指揮者。相手にとってこれを抑えるのは極めて困難だった。 ベッケンバウアー以降、多くのチームが攻撃するリベロを模倣し、ドイツ代表では花形ポジションとなった。ローター・マテウス、マティアス・ザマーはベッケンバウアーの後継者となり、バロンドール(※欧州最優秀選手。2007年より世界最優秀選手)受賞者にもなっている。 ちなみにドイツ人がバロンドールを受賞したのは7回だが、そのうち4回がリベロだ。ベッケンバウアーが2回、マテウスは受賞した1990年こそMFだがその後リベロに転身。ザマーは欧州選手権優勝の1996年に受賞。 バロンドール受賞者はほとんどがアタッカーで、DFの受賞はかなり珍しく、ドイツ人を除くと2006年のファビオ・カンナバーロ(イタリア)しか例がない。
【袋小路に入ったチームを救う】 攻撃するリベロの威力を世界に見せつけた1972年のあと、技巧的なドイツが現れたのは2014年。クロースはこの時の中心選手だ。メスト・エジルとともに組み立てを担っている。当時、バイエルンでジョゼップ・グアルディオラ監督にパスワークを植えつけられたメンバーが中心だった。 クロースは当時も重要なプレーヤーだったが、現在はそれ以上の存在になっている。 2014年の世界一は、グアルディオラ監督がバイエルンに導入したポジショナルプレーの効力が大きかった。しかし、10年が経過してポジショナルプレーの効力は半減。今や普通の戦術になったため、ビルドアップにおける位置的優位、数的優位への対抗手段も普及して効果がなくなってきたのだ。 対抗手段としてのゲーゲン・プレッシングという尖鋭的戦術を提示したのが、ユルゲン・クロップ(前リバプール監督)やラルフ・ラングニック(現オーストリア代表監督)といったドイツ人監督だったのは皮肉だが、近年のドイツ代表はパスワークの威力を削り取られ、袋小路に入ってしまっていた。 出口の見えない状況を打開したのは、たったひとりの引退間近の選手である。 15回目のチャンピオーンズリーグ優勝をレアル・マドリードに遺し、34歳でクロースは引退する。今回のユーロ2024のドイツ代表が最後の舞台である。 ユリアン・ナーゲルスマン監督の要請をうけて、2024年3月のフランス戦でカムバック。開始7秒でビルツの得点をアシストする。そしてクロースを得たドイツは突然見違えるようなチームに変貌した。 センターバック(CB)の左側に下がり、そこから的確なパスでチームを動かす。このプレースタイルはレアル・マドリードと同じだ。ポジションはMFだが、かつてのリベロと似た機能性である。 グアルディオラ監督はマンチェスター・シティで「偽CB」を導入した。CBジョン・ストーンズをボランチの位置へ上げる可変システム。形としてはかつてのリベロそのもので、他チームに模倣されまくってきたグアルディオラ監督の新機軸のなかで、これだけはまだコピーされていない。名リベロの多くがMFからのコンバートだったように、MFの資質のあるDFでなければ務まらないからだろう。