「大蔵省の責任を書かないという選択肢はなかった」山一証券社長は大蔵省から含み損の「飛ばし」を示唆された…“ミンボー専門”の42歳の弁護士が「調査報告書」に込めた思いとはー平成事件史(18)戦後最大の経営破たん
その場にいた山一の経営陣の受け止め方はこうだった。 「株価低迷でこれ以上、含み損を取引企業に飛ばし続けることができなくなった以上、大蔵省の松野局長は、今後は発生した『損失』を『海外』に移し替えて『簿外で処理』せよと示唆している」 そのため、同社は「東急百貨店」とは裁判などで争うのではなく、いわゆる「飛ばし」によって損失を引き取る方針に大転換したのである。 松野から示唆された方針に沿って、「飛ばし」処理を終えた三木は、大蔵省の松野にこう報告したという。 「私どもは資金繰りなど海外に飛ばすのは自信がございませんので、国内で処理することにいたしました」 そのとき三木は、松野から「ありがとうございました」あるいは、「ご苦労さまでした」と言われたという。 さらにその後、三木は、あらためて大蔵省に出向いた際に、松野からこう言われたと証言している。 「山一にすればたいした数字ではない。ひと相場あれば(含み損が解消されて)解決ですよ。何とか早く解決してください」 結局、「東急百貨店」との取引で生じた損失は、山一の「ペーパーカンパニー」に隠され、「約2,600億円」に上る「簿外債務」の一部として沈んだのである。 国広によると、これら大蔵省松野局長の関与について、報告書に盛り込むかどうか、調査チーム内部でかなり議論したという。松野は否定するだろうし、何と言っても当時の大蔵省は、絶大な権威と権力を持っていたからだ。 しかし、委員長の嘉本は「書かない選択肢はない」と判断し、国広も当然それに同意した。 「松野さんの部分はたしかに物証がなかったんです。三木さんは松野さんから『飛ばせ』と言われたいうが、音声があるわけでもない。相手は大蔵省、しかも証券局長。松野さんは否定するに決まっているし、実際に国会でも否定しています。 しかし、『これは書かないと駄目だ』と強く感じました。これは調査チーム全員一致です。なぜなら、三木さんが作り話をするような動機は全然ないんです。もし、反論があるなら大蔵省にやってもらえばいい。議論はしましたが、書かないという選択肢はなかったんです。三木さんはそんなことをあえて創作して、想像で言えるわけないんですよ」(国広)
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