アングル:衣料業界にAIの波、効率化と環境保護の裏で雇用喪失も
Md. Tahmid Zami [ダッカ 4日 トムソン・ロイター財団] - バングラデシュの首都郊外の工業地区ループゴンジにある衣料品メーカー「ファキール・ファッションズ」は、人工知能(AI)を活用することで、編み立て工程で発生する問題を検知し、製造を自動的に中断して不良品の発生を防いでいる。 約1万人を雇用する同企業を率いるファキール・カムルズザーマン・ナヒド最高経営責任者(CEO)は、AI技術のおかげで、数十人の品質検査スタッフを削減することもできたと語る。 全世界で1兆7000億ドル規模を誇るファッション産業では、サプライヤーやブランドが、不良品の検出に使われるカメラやセンサーの部分でAI技術の活用を始めている。生産を加速するとともに、温室効果ガスの排出や水の消費を監視するなど、環境への影響を抑える狙いだ。 気候変動の原因となる温室効果ガスの世界全体での排出量において、ファッション産業は2-8%を占める。またこの産業は世界有数の水源汚染の発生源でもあり、最終的には埋め立て地へと向かう膨大な廃棄物を生み出している。 AIは衣料ビジネスによる環境負荷の軽減に貢献する可能性があるが、その一方で一部の労働者にとっては脅威にもなっている。労働集約性の高いファッション産業では全世界で7500万人が働いているが、AI以外でもすでに他の形態の自動化による圧力を受けている。 ジュネーブに本部を置く国際的な労組連合組織インダストリオール・グローバルユニオンで繊維衣服産業担当ディレクターを務めるクリスティーナ・クラウゼン氏は、「ファッション産業におけるAI活用がもたらしている状況は把握している。AIによる労働者への影響について労働者に発言の機会が与えられなければ、階級として不利になってしまう」と語った。 <「環境に優しい」ファッションを目指して> 世界のファッションブランドの大半は、生成AIによる事業改善の可能性に注目している。コンサルティング企業マッキンゼーによる調査では、ファッション産業の幹部のうち73%が、今後はAIが優先課題になると考えているという。 ファッション産業が出す温室効果ガス排出量をAIが削減する可能性について包括的な研究はまだ行われていないが、いくつかの研究ではその道筋が示唆されている。たとえば、実際に生産を開始する前にデジタル形式のサンプルを活用すれば、衣料品のデザインや開発の過程での二酸化炭素排出量を30%削減できる可能性がある。 衣料品小売企業として世界第2位のスウェーデンのH&Mグループは、AIツールに投資することで、使用後の廃棄衣料品のリサイクルやファッション製造企業による森林破壊の抑制につなげていると話している。 繊維産業向けにAIを開発するポルトガル企業スマーテックスでグローバル技術革新担当ディレクターを務めるマックス・イーストン氏によれば、同社は約10カ国の工場に対してエネルギー・水の消費削減につながるテクノロジーを販売したという。 <労働力も削減> AI主導による自動化は、ほぼすべての産業において人間の働き方に革命を起こすと予想されている。英国規格協会(BSIグループ)が先日行ったアンケート調査では、さまざまな産業の企業幹部のうち実に74%が、人間による手作業の一部はAIで代替されると予想している。 国際労働機関(ILO)によれば、衣料品輸出額で世界第2位のバングラデシュでは、衣料関連労働者のうち約6割に相当する270万人が、AIなどによる自動化を理由として失業するリスクを抱えているという。 とはいえ一部の専門家は、繊維産業の中でも複雑で高度なスキルを要する作業については引き続き人間による労働が必要とされるだろうと考えている。 豪ウーロンゴン大学で分析論・イノベーション論を専門とするシャーリア・アクター教授は、「AIが雇用に与える影響というのは、誰もがあれこれ頭を悩ませる難問だが、私としては、ファッション産業におけるAIは、人間の代替ではなく人間を補完するものになると考えている」と語る。 冒頭のファキール・ファッションズではAI導入により品質管理スタッフを削減したが、ナヒドCEOは、削減した人件費と、AIツールにより何百キロもの廃棄物の発生を防いだことで節約した資金によって事業の拡大が可能となり、新たな雇用を生み出せるだろうと話している。 ナヒドCEOはトムソン・ロイター財団に対し、「競争力を維持するためにコスト削減と新たな技術革新の導入は必須だ。しかし改良されたツールのおかげで取引が増え、失われた雇用を埋め合わせることになる」と語った。 AIや自動化全般を導入するペースは、繊維産業の中でもばらつきが見られる。 バングラデシュの企業では、衣料品の縫製作業には引き続き人間による手作業を必要としているが、セーターの編み立て作業はすでに完全自動化されているため、雇用は劇的に減っている。 ガジプールの街でセーター工場に勤務するユースフ・ジャミルさんは、6台の機械を管理し、手作業なら10数人を必要とする仕事量をこなしていると話す。だが、Tシャツの縫製作業をする労働者と同じ賃金しかもらえないという。 バングラデシュの全国縫製労働者組合(NGWF)のアミルル・アミン代表は、「ファッション産業は、今後、雇用を産業内部で維持するにせよ、あるいは他の産業に移動させるにせよ、労働者のリスキリング(新たなスキルの学び直し)を計画する必要がある」と語った。 米スタートアップのシミー・テクノロジーズは、H&Mや開発支援団体のアジア財団などブランドや非営利組織との提携により、バングラデシュや中米の工場における新たな機械の操作方法を学べるゲーム方式の研修アプリを労働者向けに提供している。 2016年にシミー・テクノロジーズを創業したサラー・クラスリー氏は、「AIが広がる今日の世界ではたえずスキルを向上させる必要があるが、教室ベースの研修を提供するだけでは、大規模なニーズには対応できない」と語った。 バングラデシュの現地ファッション卸売企業で働くAIエンジニアのザヒード・ハサンさんは、低熟練労働者が最大のリスクにさらされる一方で、繊維産業でAI活用が拡大していけば、より高待遇のエンジニアや技術者に対する需要が生まれるだろうと語った。 バングラデシュでも他の国でも衣料関連労働者が自らの生活に対するAIの影響に身構える中で、ウーロンゴン大学のアクター教授は、今は予想される混乱に備えるべきだと主張する。 「ファッション産業におけるAI革命はまだ始まったばかりであり、労働者や環境に恩恵をもたらすようにAIのパワーを統御する戦略が求められる」 (翻訳:エァクレーレン)