手首メモ“wemo”や筒形タオル“STTA”など…「ケンマ」逆転の発想力とは
建築家からデザイナーへ~「絵がめっちゃ下手」
東京・板橋区の印刷会社「技光堂」が数年前、ある画期的な技術を開発した。樹脂に特殊な印刷をすることで、本物の金属のような光沢や立体感を再現できるという技術だ。だが、どう売り出せばいいか分からず、開発して数年は、売り上げがゼロだったという。 そんな時、今井が商品化へ向けたデザインを担当。金属は光を通さないが、この技術なら金属が光を通しているように見える。その特性を活かしたLEDの看板、自動車のディスプレイなど、金属調のスタイリッシュな商品デザインを打ち出した。売り上げゼロだった技術が、今では年間2千万円を稼ぐまでに。 「今井さんに頭が上がらないというか、足を向けられない」(「技光堂」佐藤英則さん) 1981年、大阪・堺市に生まれた今井は幼い頃から建築に興味があった。将来は建築家になりたいと神戸大学の建築学科に進む。だが、その夢を阻む致命的な弱点があった。 「器用じゃないんです。そもそも不器用で『自由に工作しましょう』だと、きれいに切れないなど、できないことが多い。さらに、絵を描くのがめっちゃ下手なんです」(今井) 画力のなさにコンプレックスを抱えながらも、神戸大学大学院修了後は大阪の安井建築設計事務所に就職。そして建築の仕事をする中で、誰にも負けない自分の武器を見つける。
「(建築では)なぜそういうデザインにしたのか、どういう意図があるのかというのを、デザインとセットで話さなければいけない。僕はそのコンセプトを作るのが好きだったし、発想もそんなに負けていないぞ、と」(今井) 今井はコンセプト力をさらに磨くため、経営コンサルタントに転職。同時に建築学科の後輩たちと、企業のデザインコンペに挑戦し始める。これが企業の課題を解決する「ビジネスデザイン」との出会いだった。 「僕もデザインから離れるのはやはり違和感があり、何かやりたいと」(今井) 今井がデザインのコンセプトを考え、後輩たちが形にしていく作業を担当。本業の合間にアイデアを練り上げて応募する日々が続いた。だが、多くのコンペに挑戦するものの落選ばかり。手応えがないまま2年の月日が流れた。 「悲惨でした。自分自身のリーダーシップに問題があるかもしれないし……」(今井) そんな今井に人生の大きな転機が訪れる。きっかけは「サントリー」の子会社「サントリーミドリエ」(当時)が主催したビジネスデザインのコンペだった。 土に代わる素材として開発された特殊なスポンジ「パフカル」。土以上に植物がよく育つというこの新しい素材を使った商品や空間のデザインを募るコンペだ。 「よく育つし、土とか出ないし、清潔に育てられるという特徴は尊重しつつも、見つけてない特徴を見つけた方が、発想として新しい」(今井) 企業が気づいていない素材の特徴は何なのかを徹底的に追求する中で、スポンジを切り分けることができるという特徴に目をつけ、「緑のおすそわけ」というデザインを提案。見事、最優秀賞に選ばれた。 そして表彰式で社長からかけられた「素晴らしいデザインだった。このデザインを見せただけで会社のビジョンまで伝えることができるよ」という言葉が今井の人生を変える。 「会社のことを伝えようとすると、キャッチコピーやビジョンで語るのが自然だと思うんですけど、デザインのほうが強力だと言ってくれた。それが僕の中では大きかった」(今井) デザインは言葉以上に伝える力を持ち、企業のフラッグシップ、つまり象徴となる。このことに気づいた今井は、企業の課題を解決するビジネスデザインこそが自分の生きる道だと確信。2016年、フラッグシップ・デザイン・カンパニー「ケンマ」を創業した。