「知的障害のある人」の選挙権サポートを実現した“狛江モデル”とは 「選挙情報のバリアフリー化」が重要な理由
知的障害者にも“わかりやすい”演説会・選挙広報誌・政見動画
障害者の選挙を支援する施策は2種類に大別できる。ひとつは、障害者が投票所まで訪れて、実際に投票を完了するまでの物理的なハードルを減らすことを目指す「投票のバリアフリー化」。もうひとつは、障害者が投票するにあたって参考とするための情報を入手・理解しやすくすることを目指す「選挙情報のバリアフリー化」だ。 狛江市では、2014年から、衆議院選挙や都知事選挙などに際して知的障害者の有権者に向けて立候補予定者の訴えを伝える、「わかりやすい演説会」が開催されている。堀川教授によると、2018年の市長選挙では候補者らがプロジェクターや紙芝居を使うなど趣向をこらした演説を行い、会場からは活発な質問が飛んだという。 「わかりやすい演説会」はすでに定着しており、今年10月の衆議院選挙でも開催された。演説会に加えて、立候補予定者が公約をわかりやすく記載する「わかりやすい選挙広報誌」、公約について語る動画を撮影した「わかりやすい政見動画」が、狛江市における知的障害者への情報支援の「三つの柱」になっている。また、選挙広報誌の施策は札幌市などでも行われている。 情報支援のほかには、「投票の練習ができる模擬投票・体験投票の開催」「意思表示が難しい人のためのコミュニケーションボードを投票所に用意」「代理投票を利用したい人がその意思を表示するための用紙・カード」などの施策が実行されている。 なお、知的障害者向けの選挙支援においては、公職選挙法が選挙時の情報発信に制約をかけている点が課題となっている。たとえば、選挙の公示・告示後は立候補者の演説会の開催が難しくなり、選挙公報を出してよいのも一回限りと、実行できる施策が限られる。一方で、公示・告示の前に情報支援を行うとすると、時間的な制限が発生する点が問題になる。
当事者や保護者・施設スタッフが「わかりやすい選挙」に抱く実感
堀川教授は、投票支援の取り組みについて知的障害の当事者らやその関係者らがどのような所感を抱いているのか、実態を明らかにするための聞き取り調査を実施した。 調査によると、軽度知的障害者については選挙制度や立候補者の公約、地域の課題などについてある程度理解できていることから、投票に積極的な人たちが一定数いる。「そういった人たちが自分の投票行為を一層充実できるよう、彼らのニーズに合ったわかりやすい情報を届けていくことが必要になっています」(堀川教授) ただ重度知的障害者については、「投票は難しい」という保護者の考えや社会通念の影響もあり、支援策が実行された後でも投票に行けていない人が多いとみられる。 「社会において『投票するなら政治について理解していることが必要だ』という認識が一定の力を持っていることから、重度知的障害者の投票が進まなかったと考えられます。 しかし、近年では、障害者の社会参加や『インクルーシブで多様性のある社会』が重んじられるようになってきました。投票についても多様な判断や多様な投票が認められるべきであり、そのような観点からも重度知的障害者の投票を尊重して、支援していくべきだと考えます」(堀川教授) 知的障害者の親や家族については、子などの当事者に知的障害があることを引け目に感じて、投票に連れて行かない場合があるという。 つまり、法改正によって選挙権が回復した後であっても、障害が重く自分では投票に行けない人は、家族の判断によって選挙権を行使できるかどうかが左右されている現状だ。 「親や家族が投票について再考し、意識を変えていく必要があります」(堀川教授) 一方、利用者の意思決定支援に携わってきた、障害者支援施設のスタッフに関しては、知的障害者の投票に理解のある人が多い。しかし、利用者の親が投票に消極的な場合もあるため、「どこまで支援していいのか」と悩んでいるスタッフもいる。 また、堀川教授の著書では、保護者と同様に施設スタッフのなかにも「投票には政治に関する理解力が必要だ」との前提から、選挙支援の取り組みに対して懐疑的な声があることが指摘されている。 「さらに、支援の仕方を誤ると当事者の投票先を誘導することになりかねないため、スタッフが支援をためらうケースもあります」(堀川教授)