優遇求めデモ、相次ぐ暴行事件……インドで根強い「カースト制」の今
スケジュールド・カーストへの性的暴行や襲撃
このように公式の制度と実体がかけ離れているなかで、カースト制をめぐる対立も激しくなってきています。特に留保制度が拡充されるにつれ、従来は必ずしも差別の対象でなかったカーストの人々から、これが「逆差別にあたる」という批判が噴出しています。 その中で、スケジュールド・カーストに対する襲撃や暴行といった犯罪も多発。被害者がスケジュールド・カーストの場合、警察も熱心に対応しないといわれますが、それでもインド当局の発表では、2012年段階でカースト制に基づく殺人が651件、傷害が3855件、レイプが1576件、誘拐が490件、放火が214件にのぼっています。世界中で移民、少数派の宗派や人種、LGTB(性的少数派)など社会的少数派の権利が認められるにつれ、これに対する嫌がらせや襲撃などが横行していますが、インドではこれに加えてスケジュールド・カーストもその対象になっているのです。 その一方で、カースト制をめぐる対立の影響は、政府にも及んでいます。冒頭で触れたデモは、もともとジャートと呼ばれる農民カーストがスケジュールド・カーストに対する優遇策を批判し、自らにも留保制度の適用を求めたもので、それが暴動に発展したのです。幹線道路などが占拠される事態に、州政府は要求を受け入れ、ジャートを優遇対象に加えることを決定。これに対して、不可触民や低位カーストの権利回復のために活動してきたNGOなどからは、必ずしも差別されていないカーストを対象に加えることで、留保制度が形骸化するという批判が出ています。 カースト制は長い時間をかけて根付いてきたものですが、人権の理念やそのための現代的な制度と出会うことで、新たな摩擦をインド社会にもたらしています。今後、インドがますます経済発展し、社会が変化するにつれ、この摩擦がさらに大きくなるとみられるのであり、カースト制は今後のインドの発展にとって、大きな課題といえるでしょう。
----------------------------------- ■六辻彰二(むつじ・しょうじ) 国際政治学者。博士(国際関係)。アフリカをメインフィールドに、幅広く国際政治を分析。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、東京女子大学などで教鞭をとる。著書に『世界の独裁者』(幻冬社)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『対立からわかる! 最新世界情勢』(成美堂出版)。その他、論文多数。Yahoo! ニュース個人オーサー。個人ウェブサイト