後出しの女帝・小池都知事が打ち出した「無痛分娩費用の助成」が図らずも迫る産科の重い選択
■ 無痛分娩で特に問題になる事故 このほか施設によって、硬膜外麻酔の薬剤注射を担当する職種が異なっているという問題もある。多くの場合、産科医が行っているが、助産師が担当しているところも、病院の13.9%、診療所の29.0%と少なくない。 「産科医が麻酔を担当して大丈夫か」という、産科医にとって不名誉な意見が口にされることもある。この点は、産科医と麻酔科医のすれ違いの原因にもなりやすいところである。 ある麻酔科医は「日本では産科医が麻酔をしていることが多いが、麻酔薬を適切に投与することでできても、万が一トラブルが起きた時の対応ができない。そこが問題になってくる」と、問題を認識しておくべきだという立場だ。 日本産科麻酔学会の資料によると、無痛分娩では特に問題にある事故は、「高位(全)脊髄くも膜下麻酔」という事態になったケースだ。これは麻酔が効きすぎて呼吸ができなくなる問題である。 なぜ、このようなトラブルが起きるかというと、硬膜外麻酔ではカテーテルを硬膜外に挿入するが、誤って硬膜の中にカテーテルが入り、麻酔液がくも膜下腔に流れるからだ(最初のページに硬膜外麻酔の図がある)。 硬膜外麻酔のために使われる濃度は、くも膜下腔に通常注入される場合の10倍に上る。高濃度の麻酔によって起こるのが高位(全)脊髄くも膜下麻酔で、こうなると脚のまひ、低血圧、呼吸停止が起こる。 「麻酔科医と異なり、産科医は気管挿管をする機会がほとんどないため、過去に手技のトレーニングをしていたとしても、どうしても場数が足りない。妊婦の場合、妊娠していない人と比べて、むくみなどの影響で、麻酔科医でも気管挿管が難しいことが多く、分娩時の呼吸停止が起きた時の救命は難しくなってくる」(前出の麻酔科医) 一方、分娩費用や人手が限られている中で、産科医は産科医で麻酔科医が付いていなくとも最善を尽くして無痛分娩に取り組んでいるという実態もある。以上のような心配の声に対し、「産科医をいじめて何になるのか」と、現実に向き合って取り組むべきだという産科医からの反発も聞こえてくる。 別の麻酔科医は産科医が麻酔に取り組んでいる状況は受け入れるとしつつ、新たな変化に対する懸念を述べる。「今後、無痛分娩費用の助成が出た場合に心配されるのは、新規で麻酔を始める産科医が増えること。昔から麻酔を扱ってきた産科医とは異なり、事故対応ができない可能性が高く、心配される」 以上のように誰が無痛管理をすべきかという問題においては理想と現実がぶつかり合っている。最善の答えを求めていく必要はあるだろう。 このほかにも、24時間無痛分娩か計画無痛分娩かという違いもある。産科関係者は、「日本では分娩誘発と無痛分娩がセットになっているのがほとんどで、そこが課題」と解説する。