『まんぷく』萬平のモデル・百福は91歳で「宇宙食」の開発を思い立つが…「子どもの教育に注力を」遺言のように書き残した年賀状の内容とは
2018年から2019年にかけて放送されたNHK連続テレビ小説『まんぷく』がNHK BSとBSプレミアム4Kで再放送され、再び話題となっています。『まんぷく』のヒロイン・福子のモデルとなった、安藤仁子さんは一体どのような人物だったのでしょうか。安藤百福発明記念館横浜で館長を務めた筒井之隆さんが、親族らへのインタビューや手帳や日記から明らかになった安藤さんの人物像を紹介するのが当連載。今回のテーマは「ひ孫と遊ぶ ~百福少年に帰る」です。 【写真】仁子、米寿のお祝いのときの一枚 * * * * * * * ◆百福少年に帰る 百福は九十一歳になって、宇宙食の開発を思い立ちました。 会社の人はみんな耳を疑いましたが、本気でした。 ちょうど宇宙では、アメリカ、ロシア、日本など十五か国が協力して宇宙ステーションを建設していました。長い冷戦で対立してきた国々が技術を結集し、力を合わせて夢のような宇宙開発にあたっていたのです。百福は感動しました。 「平和な二十一世紀になるために、私も何かできないか」と考えました。 「人間はどこにいても、どんな環境でも、食べなければならない。宇宙でも同じだ」と。 すぐに研究所に若い十人のスタッフが集められ、百福の夢を実現するため「DREAM10」というプロジェクト・チームが作られました。宇宙食ラーメンは「スペース・ラム」と命名されました。無重力空間でも飛び散らない麺やスープをどうやって作るか、困難な技術課題をひとつひとつ解決していきました。 四年後、JAXAの宇宙飛行士・野口聡一が乗ったスペースシャトル・ディスカバリー号の打ち上げが成功しました。ラーメンが宇宙へ飛んだ瞬間です。野口が人類として初めて食べた宇宙食ラーメンは、野口の故郷・横浜のご当地ラーメン「横浜家系ラーメン」を再現した豚骨醤油味でした。 その食事風景が映像に収められ、野口自身の手で百福の元に届けられました。チキンラーメン、カップヌードルに続くスペース・ラムの成功に、九十五歳の百福は少年のように感動したのです。
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