『メイ・ディセンバー ゆれる真実』アイム・ノット・ゼア、消えていくイメージと真実
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』あらすじ 当時36歳の女性グレイシーはアルバイト先で知り合った13歳の少年と情事に及び実刑となった。少年との子供を獄中で出産し、刑期を終えてふたりは結婚。夫婦は周囲に愛され平穏な日々を送っていた。ところが23年後、事件の映画化が決定し、女優のエリザベス(ナタリー・ポートマン)が、映画のモデルになったグレイシーとジョーを訪ねる。彼らと行動を共にし、調査する中で見え隠れする、あの時の真相と、現在の秘められた感情。そこにある“歪み”はやがてエリザベスをも変えていく……。
蝶は誰なのか?
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』(23)は渡り鳥のように“渡り”をするオオカバマダラという蝶の接写から始まる。13歳のとき36歳のグレイシー(ジュリアン・ムーア)と性的関係を持ち、子供を持つことになったジョー(チャールズ・メルトン)が丹念に育てているオオカバマダラ。幼虫から成虫へ。やがて外の世界に羽ばたく蝶は、この不穏な映画において、いったい誰のことを指すのだろうか? 卒業する子供たちのことだろうか? それともグレイシーやジョーのことなのか? 児童レイプの罪で逮捕されたグレイシーは獄中出産を経て、現在はジョーとの結婚生活を送っている。一大スキャンダルとして世間から攻撃を受けた恋人たち。ジョーにとって蝶の飼育は、世間の喧騒やグレイシーからも切り離された、たった一人で過ごす穏やかな時間だ。 夕暮れ時の水辺のバルコニー。グレイシーはジョーの胸に甘えている。何も知らなければ仲睦まじい二人のどこにでもある幸せな光景にすぎない。しかし二人のことを知っている者には、この光景はどこか不吉なものとして映る。トッド・ヘインズ監督は、二人を照らす暖色の光に両義的な意味を浮かび上がらせている。暖かく穏やか、しかし不穏な光。日常に静かなひび割れを引き起こすような光。二人のことを知っているかどうかによって、まったく見え方が変わってくるのだ。グレイシーにとってジョージア州サバンナの陽光は少し眩しすぎるのだろう。エリザベス(ナタリー・ポートマン)と初対面したとき、日の光を手で遮る眩しそうなグレイシーの素振りが強い印象を残す。 二人のスキャンダルは映画化されようとしている。グレイシー役を演じるため、エリザベスは役のリサーチに入る。本作においてエリザベスというキャラクターは、観客を導く“探偵”の役割を担っている(はずだった)。しかしこの“探偵”には中立性がない。エリザベスはグレイシー役が自分のキャリアを劇的に変える絶好のチャンスだと感じているようだ。グレイシーに無断で関係者の証言を拾っていく行為は、リサーチの一線を越えていく。それどころかエリザベスという人物がまったく信用できない人物であることが、どんどん明らかになっていく。エリザベスはグレイシーの心と体に近づくことで、グレイシーに対する自分の優位性を勝ち取ろうとさえしている。